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「陸、卵取って」
「あい」
何もない1日にやる事がなかった俺を、この2人の存在が変えてくれた。
それは大変なこともあり、同時に幸せを与えてくれる。
「うっま」
「あ、ちょっと! つまみ食いしないでください!」
「味見だよ。美味いなぁ、このマカロニ」
味見と言いながらつまみ食いをする松本さんに駆け寄った陸が羨ましげな顔をした。
「陸もほしぃっ!」
「ダメだって。朝ご飯で食べられるだろ? 陸が羨ましがることをしないでくださいよ……」
「良いじゃねえか、ちょっとくらい」
「ちょっとだけぇ」
「ダメだよ。癖になっちゃいけないから」
陸の可愛い顔と甘え声に一瞬怯んだが、こういう時は心を鬼にしなければいけない。
適当には決してできないし、しつけは結構大変だ……
「むぅー。きゅうりたべたいぃ」
「お、見てみろ。魚が焼けてきたぞ」
「おさかな!」
「…………」
こちらを一瞥して舌を出した松本さんに頬が熱くなり、ふぅと息を吐いて朝食の準備に戻った。
『____んで? 主任はイベントに行けるって?』
朝食を終えて浅木に電話をかけた。
この男がいなければ、俺はもっと酷い目に遭っていたかもしれない。
色々と助けられてばかりだ。
「あ、あぁ……行けるよ、3人」
『おっけー。じゃあ、美味しいレストランも予約しよっと』
「待て、それは高いんじゃ……」
『通常は高いけど、おれの親戚がやってる店だから招待券でコース料金安くなるんだよ。それに、おれが出すから気にすんなって』
「は? いやいやいや……」
誰かに奢られる経験が何度もあるわけじゃない。
松本さんの奢りでも結構な罪悪感なのに、友人になんて。
「それは、さすがに悪いし良いって」
『椎名はもっと友人を頼れよ〜。おれだって男なんだから金にケチじゃねーの!』
「…………いや、……そう、だな。なら、ありがたくいただくよ」
友人間の甘えはよく分からないが、断り続けるのも逆に失礼だろう。
とは言え、なんだか気が重い。
ここまで世話になってしまって良いのだろうか。
「ゆしゃん〜、だれとおでんわしてるの?」
松本さんと風呂に入っていた陸が駆け寄ってきた。
頭に乗せていたタオルが落ちて寒そうに頭を振る。
「俊太だよ。前に会った男の人」
『椎名?』
「あぁ、悪い。陸が風呂から出てきたんだ」
「しゅんた! あそびたいー」
いつの間にこんなに懐いたのか、猫のように服を掴んでくる陸を制止して留める。
『陸しゃんか! 可愛い声が聞こえた!』
「もう、お前にそっくりだよ……本当に」
『えへへ〜、そんなに褒めんなって』
「褒めてないから」
そういう所だよ、と言いそうになった。
「ゆしゃん、あたまふいたぁ」
「こっちおいで、陸。髪がボサボサじゃんか」
まだまだ甘えたがりな陸を膝に乗せてソファに腰かける。
もっと小さい頃は、こんな風に甘えられていたんだろうか。
それこそ記憶もないはずの幼児期に受けた心の傷を、未だに陸は感覚的に覚えている。
『おれ、ちょっと婆ちゃんと買い物行くからまた後で電話する!』
「あぁ、ありがとう。またな」
通話が切られると、こちらを見上げている陸に気づいて視界を塞いだ。
「わぁ」
「髪、伸びてきたな。今度切ってもらおう」
「ゆしゃんとおなじするの〜」
「色は真似できないけど、髪型ならできるな。……そんなに俺と一緒にしたいのか?」
「うん! ゆしゃん好きだもんっ」
割と怒ってばかりな気がするが、松本さんにも俺は甘い方だと言われた。
陸を怖がらせてしまうのが怖くて、かと言って責任を放棄することもできない。
「陸、亮雅さんにちゃんと甘えてるか? 我慢しすぎたらダメだよ」
「パパもすきぃ。でもね、陸がえらいえらいしてないとパパがかなしむって言われた」
「……亮雅さんに言われたのか?」
「ううん、こわい人。わがままばっかりしたらダメってたたかれた」
「……」
それはもしかして、松本さんの……
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