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「女の人……怖い?」
「こわぁい」
「……そっか。でも、今はその人はいないだろ? だから頑張りすぎなくて良いんだよ。亮雅さんは陸ができなくても絶対責めたりしないから」
「おこらない?」
「やったらいけない事をしていたら怒るけど、それがダメだって覚えてくれたらいいんだよ。できないのは当たり前だし」
手を上げられていたなら女性に対して恐怖心を持っていても無理はない。
タオルで髪を拭きながら、ウトウトしている陸の肩を叩いた。
「ここじゃ乾かせないから、脱衣場に行って乾かそうか」
「さむいさむ」
「風邪引くから、こっち向いて」
陸を抱き上げ脱衣場に入ると、松本さんが鼻歌交じりにスマホを弄っていた。
相変わらず上裸でタオルを肩に掛けただけの姿に悩まされるが、割れた腹筋やたくましい腕を見てドキッとしてしまう。
いい加減に慣れろよ……
「おう」
「服着ないんですか」
「脱衣場は熱いからなぁ。ほら、陸も寝そうだぞ」
「すやぁ」
「寝たフリじゃないですか」
5歳の割に芸達者だ。
寝たフリをしてヘラヘラしている陸の首をくすぐると「つめたい!」と叫んで目を覚ます。
「陸、ここに座れるだろ?」
「おされする」
「オシャレ、な」
「おされ」
「……まぁいっか。松本さん、イベントの日に浅木がレストラン招待してくれるそうですよ」
ドライヤーのスイッチを入れて陸の髪を掬う。
すると陸は目を細めて今にも寝そうな顔をした。
「愛されてんな。……あいつ、お前の事好きだろ」
「は? いやいや、それはあり得ないんで」
「どうだか」
ポンと背をなでられ、松本さんが脱衣場を出ていく。
慣れない……
男らしいあの体格、俺も男だというのに。
「よし、乾いたかな」
「ゆしゃんだっこしてー」
「あ、そういえば健康診断行ってなかったな。今度身長とか測りに行こうか」
「けんこうしんだ?」
「……。怖いな、なんか」
陸を抱き上げ、脱衣場を出るとプラレールの電車が床に落ちていた。
「ノンがおちてるっ」
「ノン?」
いつの間に付けたのか、陸を降ろせば電車の元に急いで駆け寄った。
「おなまえっ、ノン」
「ふっ、すごい名前だな」
「ノンしゃん、ごめんねー」
子育てのような真似事をしたかったのだろう。
陸の笑顔にこちらも安堵する。
今度はもっと長生きできる生き物を飼ってあげよう。
「雪がすげえな、積もりそうだぞ」
「……昼、飼うの忘れてました」
「そういや、もう体調は大丈夫か?」
不意に額を触られ、ドキッとして俯いた。
「ていうか、そもそも熱ないですから……」
「倒れそうだったじゃねえか」
「あれは……疲れすぎてただけです。あったとしても知恵熱ですよ」
「紛らわしいな……」
なんだかホッとしたような松本さんの脚の間から顔を出した陸が、こちらを見上げてニッと楽しそうに笑った。
「かくれんぼ!」
「見ぃつけた!」
秒で松本さんに捕まえられる陸にブフっと吹き出す。
「弱いなぁ、陸」
「パパがつよいの!」
「かくれんぼって自分で言ったら意味ないだろ〜? 今のじゃ鬼ごっこだ」
「かくれんぼしたいのっ、ゆきもぐる」
「あはは、そりゃ死ぬぞ」
「……」
自然体で笑う松本さん。
俺はあの顔が一番好きなのかもしれない。
本人には言わないけど……
「明日は朝早く起きて幼稚園だ」
「もうすぐ、しょうがくせ!」
「宿題はちゃんとやれよ?」
「しゅくだい?」
「前に話したろ。いつも書いてる日記と一緒だ」
「おうちでかいて出すの?」
「そういう事だ」
うん、と大きく頷いた陸が満面の笑顔を浮かべる。
今が笑えているならそれでいい。
俺は陸の支えとなりたい。
怖いものなんて何もないのだと、教えてあげなければ。
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