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____少し、買いすぎたな。
昼食と夕食、明日以降の弁当のおかず、寒さを理由に手当り次第スーパーで買い占めた俺は、寒さを誤魔化すように袋を握りしめた。
車を出すと言ってくれた松本さんには1人で行くと念押した。
それも1人の時間を作りたかったからで、時々こんな風に思う時が俺にはよくある。
近所にもスーパーはたくさんあるし、いつまでも人の視線を怖がっていれば時間の無駄だ。
克彦なら、きっとそう言ってくる。
「ただいまー……」
玄関のドアを開けると昼間なのに廊下は薄暗く、リビングも明かりが消えていた。
寝室に行ったのか?
靴を脱いでリビングに向かってみれば、松本さんがテーブルに突っ伏して眠っている。
背にはコートが掛けてあり、最初からここで寝るつもりだったのだと気づいた。
「松本さん……ここは寝る所じゃないですよ」
腰も首も痛めるし、眠るなら寝室で。
軽く肩を揺するとピクっと指先が動いて、松本さんが微かにまぶたを開けた。
「あ、おはようございます……」
「…………天使か、」
「はい?」
「毎朝起きる度にお前の顔が見れるなんて……誰よりも幸せ者だな、俺は」
まるでこれから死ぬ人のような事を言うから、思わず頭をバシッと叩いてしまった。
「痛って。なんで叩かれたんだ」
「……調子おかしいのかと、思って」
「俺はいつもこうだろ」
「飢えてるんですか。チャラすぎですよ?」
コートを奪い、いつも掛けているハンガーに無理やりしまった。
こうすれば嫌でも寝室で寝てくれるだろう。
そう思ったが、松本さんは眠るのを諦めたのかスナック菓子に手を伸ばし始めた。
「あの……いつも思っていたんですけど、どうして最近陸に少し冷たいんですか?」
責めるというより、単純な疑問だった。
可愛くて仕方ない子供のはずなのに、松本さんは夜もくっついて寝ることを時々避けているように見える。
それに、抱っこをする回数も減ってきた。
考えたくはないし、きっとそれはないが時々、陸を嫌っているように見えてしまう。
「俺の、考えすぎですか」
「考えすぎだろ」
「でも、そんな事はないです……絶対。陸が夜泣いていても、抱きしめてあげないですよね。陸が一番手を貸してほしい時に、松本さんは無関心というか。2人で話していてもいつも寂しそうにしてるのに松本さんは放置気味で、なんだか……」
そこまで言って、こちらを振り返った松本さんと目が合った。
「優斗、もう少し要領良く考えないと何やってもしんどくなるぞ」
「……なんですか」
「俺は陸を嫌ってないし、何ならお前同様に誇りに思ってる。だからって、これから小学生に上がる息子を四六時中見ていられるほど順応した人間じゃない」
「……」
「それは優斗もそうだ。何か勘違いして子育ては常に全力でやらないといけないと思ってるかもしれねえけど、たまには適当にやるもんだよ」
「適当って……」
「何でもかんでも心配して子供の世話を全力でしていたら、子供は親がいなくなった時に何もできなくなるだろ? 優斗が他人の評価をやたらと気にするのもそのせいだ。時々、手を貸さず1人でどうするのか見守るのも親の仕事なんだよ」
ポンと肩をなでられ、自分の勘違いが恥ずかしくなった。
松本さんは自分も子供も生きやすいように生きているし、だから陸も松本さんが好きなんだ。
「すいません……勝手なことを」
「消極的になるなよ。優斗は人に優しすぎるだけだ、もっと雑に生きても怒られねえよ」
「要領、悪すぎですよね。本当に……」
「出たな、マイナス発言。ああ、アイス食うか?」
「真冬ですよ」
ここに居ると、自分の事を責める人間が誰もいない。
それが逆に気持ち悪いほど自分自身が責められることに慣れてしまっているのもおかしな話で。
だから、幸せが時に怖くなってしまう。
どうか早く慣れてしまいたい。
もうあの日のように怖いなんて思わなくていいように。
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