とりあとりと -side椎名優斗-

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「椎名。お前も食うか?」 松本さんが隣に腰掛けてきただけでビクッと肩が跳ね、一歩身を引いた。 「……い、良いんですか」 「ああ。イチゴとチョコとバニラ、どれがいい」 「バニラが、良いです」 松本さんの良いところをあげればキリがない。 まず、身長は182になったらしい。 俺は未だに175から伸びていないのに。 松本さんの祖母である小夜さんに聞けば、中学時代から女性にモテモテだったようだ。 一方で当の本人は当時清水さんのようになりたくないと思っていたようで、過剰に女遊びをする人でもなかった。 成績は常に上位で、運動神経も大会行事で賞をもらうほど。 陸という子供に恵まれている他、効率のいい仕事もできる器用さ、他人を思いやる優しさ、人付き合いへの順応さを持ち併せている。 …………恐ろしい。 どこが平凡で普通の人間なんだ。 レベルが高いのは容姿だけにしてくれ…… 「松本ー、KW宛ての企画書どこに行ったか知らないか? そろそろ期限なんだが」 「加藤課長のデスクにありますよ。犬のクリアファイルに入れてあるはずです」 「おぉ、加藤課長の方か」 松本さんが立ち上がった時、ふわりと香った柔軟剤に脳をやられた。 同じものを使っているはずだが自分とはワケが違う。 以前から妙に感じていた違和感。 それは多分、俺の異常な心臓の音だ。 出会った頃よりも落ち着くと思っていたのに、最近益々緊張している。 「よ、おつかれ。松本、今度2人で飲みに行かないか? 近場で旨い店を見つけたんだ」 「おう、随分久しぶりに上川と仕事をした気がするな」 「つっても半年ぶりだぞ。相変わらず女を乗せんのが上手いなぁ〜、このモテ男め」 「ははっ、ただ接客してるだけだろ」 ………… なんでだ。 ここ数日、自信という自信がまるでない。 元々持っていなかったが、多少なり人間ならあるはずだ。 やっぱり松本さんには、もっとお似合いの相手がいるんじゃないのか。 俺なんかじゃなくて、もっと………… 「それ、いい加減外せよ」 「ッ!」 隣の席に戻ってきた松本さんの声に心臓が飛び跳ねた。 デスクに頬杖をついて指さしたのは、俺が入社いつかに受け取ったメモだ。 「いつまでマットに挟んでんの。何気に恥ずいんですけど」 「……唯一の、弱点じゃないですか」 「え?」 「字も……凄く綺麗なんだと思ってたんで」 「やめろ、俺のハードルを上げるな。お前の硬筆見本ばりの字には一生勝てねーよ」 「……」 俺を気遣ってくれているのか。 どうしていつも、この人はこんなに優しくて。 「…………椎名、ちょっと来い」 「え……なんで、です」 「良いから来い」 手を引かれ、何も分からないまま事務室を後にした。 松本さんの温かい手が痛くて、哀しい。 「あの……どこに」 Staff Onlyと書かれたドアを開けるとそこは空調室で、足元が薄暗く冷たい部屋に引き込まれてしまった。 「っ……」 松本さんと一緒だというのに、倉庫のような無機質な臭いのするここは少し怖い。 男達に拘束された手、無理やり引き裂かれる衣服、街中に鳴り響く銃声。 銃声……? 俺は、殺されかけて…… 「優斗」 「!」 「逃げるな、何もしない」 「いやっ……」 強く抱きしめられ、震える肩を包まれる。 「……やっぱりな。お前、ずっと何かに怯えてるだろ。大丈夫だ、俺しかいない」 「ッ…………俺……は」 「ストレスに弱い優斗が簡単に忘れるはずがない。俺から離れるのが怖いか?」 「…………」 怖い。 松本さんがいないなんて、考えられない。 「悪いのは優斗じゃない。自分は何もできないと思わなくていいからな」 「……亮雅、さん…………っ」 儚く崩れやすい物でも扱うような優しい腕に抱かれ、意図しない涙が頬を伝った。 苦しかった。 ずっと胸の内を明かしたかった。 松本さんに……亮雅さんに、抱きしめてほしかった。 自ら口にする事のできない天邪鬼な俺の異常に気づいてくれる人など、後世にもいるかどうか。 「怖、かったです……ずっと、俺が隣にいていい理由ばかり考えてて……見つから、なくて」 「そんなもの……俺もお前も好きだから一緒にいるんだろ。隣にいていい理由なんかねえよ、政略結婚じゃねえんだから好きにさせろ」 「すみ、ませんっ……」 「気が済むまで泣けばいい。誰も咎めやしねえ」 頬に伝わる体温も、やっぱり人のものだ。 俺は確かに愛されている。 一番愛してほしいこの男に大切にされている。 そう思うと、余計に涙が溢れ出した。
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