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ロビーはホテルには珍しく、観光客や宴会利用者で賑わっていた。
温かいコートに身を包んだ子連れが多い。
わざわざこの地域限定マスコットキャラクターを連れてくるのだから、近くでイベントでもあるのだろう。
「人が多いよな、今日は」
「……ですね。3階で行われる祝祭目当ての客が多そうです。谷口さんのご家族は来られないんですか?」
「娘と出掛けてるんだよ、夢の国に行ってくるんだとさ」
「夢の国……?」
行列やアトラクションのクオリティに心臓発作を起こすアレか。
遊園地、苦手だ……
「ゆしゃぁん、あっち。いっしょとる〜」
「え? 俺と?」
ゆき猫ちゃんと言うマスコットキャラクターは子供達に囲まれ、陸はその逆方向を指さした。
飾られた花束が気になるようでグイグイと手を引いてくる。
「ゆき猫と撮るんじゃないのか?」
「先ゆしゃんととりたいぃ。あっち」
「お、じゃあオレが撮ってやるよ。ゆうしゃん、陸を抱っこしてやれ」
「……ゆうしゃんはやめてください」
はぁ、と息をついて陸を抱き上げる。
どこでも軽々と持ち上げられる分、男で良かった。
「ゆしゃん、おされしてる〜」
「オシャレな」
「おされっ?」
「これはオシャレじゃなくて、仕事で着なきゃいけないんだよ。いつも帰ってきたら着てるだろ?」
陸はどこか嬉しそうで目を輝かせているが、あまり話は聞いていない。
ただ言いたいだけか。
何ヶ月も一緒にいると、ある程度の性格も大体分かってくるものだ。
「おしごと、たのしい?」
「うーん……まぁまぁ、だな」
お世辞や上手い嘘が言えない性格も難アリだ。
「うーっし、いくぞぉ。こりゃまた美形親子だなぁ」
どこかのオヤジの如く呟く谷口さんに頬がじわりと熱くなる。
親子と言われるのは照れくさい。
まだ結婚だってしてないのに。
「椎ちゃん、良い顔してるよ。可愛い可愛い」
「……やめてください。褒めるなら陸をお願いします」
「しぃちゃん、しーちゃぁん」
「陸もマネしない」
女子高生か。
最近、不意にツッコミを入れたくなるが陸に言ったところで意味も分からないだろう。
松本さんに似ていると思っていたのに、なんだか違う。
あの男はこんなに純粋じゃない。
「あ、ほら陸! ゆき猫ちゃんが来たぞ!」
子供達を引き連れてロビーの中央へと歩いてくるマスコットキャラクター。
キラキラと瞳を光らせて駆け寄っていく陸と違って、既にひねくれてしまった俺は中の人の性別はどちらだろうと考えていた。
「ゆきネコ!」
「!」
ゆき猫は陸の元気な声に驚いたフリを見せ、大きな両手を振った。
「おしゃしん、いっしょとろ!」
キャッキャはしゃいでいる陸に合わせて飛び跳ねるゆき猫の中の人に感謝しつつ、スマホのカメラを向けた。
「撮るよー」
シャッターを切ると陸は「えへへ」と嬉しげに笑い、もう一度ゆき猫に抱きつく。
「ありがとぉ」
…………可愛い。
育ちが良すぎる……
撮った写真を見返すと自然と胸が締め付けられ、待ち受けにしようと誓う。
「そういえば、松本さんは……」
「あいつは祝祭の副司会係なんだよ。ウケるよな、何でもかんでも引き受けるから」
「……」
仕事ができるとはいえ、以前のように倒れでもしたら困る。
病院に行っても何もできない自身の不甲斐なさに悩まされるのも結構酷だ。
「すみません、谷口さん。俺ちょっとお手洗いに行ってきます」
「あ、おう。変なオッサンに声かけられたら逃げてくるんだぞ」
「…………はい? ……あぁ、分かりました」
一瞬、何を言っているんだろうと思った。
だが谷口さんは俺を何度も助けてくれている。
松本さんの他に詳しく話せる人と言えば彼くらいだ。
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