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「!」
「優斗……どうした? 大丈夫か」
やっぱり、この男に隠し事はできないようだ。
平然を装ったつもりなのに心中の重い感情に気付かれ、抱きつきたくなってしまった。
こんなに弱くなかったのに……俺は。
「松……いや、亮雅さんの人を見る目は凄いんですね」
「っ……なんだいきなり? 何があった」
「さっき、会いました。元の奥さんに」
妙に落ち着いている自分自身が分からない。
ただ分かるのは、松本さんがどうしようもないほど善人である事だ。
「弥生に、何を言われたんだ」
表情を曇らせ心配げに見下ろしてくる松本さんに抱きしめてほしくて堪らなくなる。
人がいないからと言ってこんな場所で、できるわけないだろ。
「優斗」
「謝って、きました……父親のことを」
「…………」
「でも、それだけです。陸を返してほしいとは言われてないし、亮雅さんにも謝りたいと言われ……」
「許す必要ない」
「え……?」
怒気を含めた松本さんは至って冷静で、頬をスっと優しくなでてきた。
「散々お前や陸を傷つけたんだ。謝られたから許すなんて、自分を安売りすんなよ?」
「…………は、い」
微かに笑みを浮かべたかと思えば一瞬唇が重なり、顔が紅潮していく。
「あの……ここ、人来るんで」
「本音を言えば公開したいぐらいなんだけどな」
「っ! ば、馬鹿なんですか。そんな事一度も思いませんからっ」
「俺のもんだって周りが分かっていた方が守りやすいだろ?」
「それは……」
完全に俺が女扱いじゃないか。
なんか、それはそれでムカつくな。
「分っかりやす」
「何がですか……」
「拗ねんなよ。最近はよくそういう顔するよな」
「……あんたのせいだろ」
「おー出た出た、生意気」
愉快に笑う松本さんに困惑させられ、まるで俺が子供のように感じる。
なんでいつも余裕そうなんだよ……!
早く戻るぞ、と差し出された手には応えず早足に歩き始めた。
事務所に戻ってからは、ほとんど陸の面倒を見る役割を任されていた。
膝に座っている限りは大丈夫だと思いきや、困るのは周囲にどう思われているかだ。
あまり会社でベラベラと話さない俺が陸とこんなに仲良くしていたら普通に変じゃないか……?
「とりあとりと〜」
とはいえ、パンプキン人形を手に遊んでいるおかげで仕事に集中できる。
「陸くんは椎名くんが好きなのね〜。前はパパにベッタリだったのに」
「あはは……なんででしょうね、波長が合うからかなぁ……」
「ゆしゃん! かいじゅうがいるよっ」
「うわっ」
突然大声を出して画面を指さすから驚いてしまった。
ブラウザのサイトが公開しているちょっとしたミニゲームだが、陸はお初らしい。
少しは良いだろうとスペースキーを指し示す。
「陸、ここ押して」
「これ?」
「うん」
陸がスペースキーを押すと、画面上の怪獣が前方に歩き始める。
「あるいた!」
「これ押せばジャンプするから、ちょっと遊んでていいよ」
「やったぁ! ゲームっ」
書類を印刷した後、何かしらの不具合でインターネットが繋がらなくなったようだ。
陸が遊んでいる間に足下のコードを辿った。
「かいじゅうぅ! しんだぁ」
普段からそんなに静かな事務所ではないが、陸がいると比ではない。
「ゆしゃん、すごい! 生きかえるっ」
「凄いだろ? ……あ、あった」
回線のコードを繋ぎ直し、ついでにと印刷した書類を取りにコピー機へ向かう。
支配人室ではまだ松本さんと支配人が話をしているようで姿を見ていない。
だが陸がいるせいか、家にいるような妙な安心感を覚えてしまう。
「あれ、かいじゅうきえたぁ」
「もうネットが繋がったから終わりだよ。怪獣とはお別れ」
「えぇぇー……かいじゅうかわいいのにぃ」
可愛いのは"オマエ"だ。
口を尖らせている陸の頭をなでれば、ケロッと機嫌が良くなった。
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