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____消えた。
音も声も目の前にあった景色も。
ここはどこで、いつなのかさえ分からない。
真っ暗な空間の中で、俺は立っている。
松本さんは?
辺りを見回したところで何も見えない。
松本さんもいない。
あるのは、そこにいるという意識だけだ。
背筋にゾワッと悪寒が走り、がむしゃらに手を伸ばしてみるが何かに触れる感覚がしない。
松本さん……どこに?
俺はどうして、1人で……
ふと顔を上げると、陸が背を向けて立っていた。
小さな背中は振り返ることがなく、声を上げようと試みる。
陸……!
あれ……? 声が、出ない。
そこにいるはずの陸に声が届かない。
「りょしゃんどこぉ? ゆしゃーん」
俺はここだよ、陸!
頭の中で言葉が浮かぶだけで、声として発することができない。
どうしてだよ……目の前にいるのに。
「ひとりやだぁっ、ゆうしゃん……」
金縛りのように動かない体。
陸の泣く声が痛くて目を逸らした。
「あ! りょしゃん!」
え、と思考が変わりまた陸の方へ視線を向ける。
だがその時、声にならない短い悲鳴があがった。
松本さんは確かにそこにいる。
倒れたまま動かない状態で。
「りょしゃん、あそぼぉ」
陸が揺すっても起きることはなく、次第にまた涙が頬を伝い始める。
「りょしゃんっ……おきて、ひとりしないでっ」
____1人にしないで。
一瞬、陸の影に俺の幼少期の姿が重なった。
あぁそうか……
寂しいのは、俺の方なんだ。
居なくならないでほしい。俺の前から。
「____亮雅、さんっ……」
発することができなかった自分自身の声が鮮明に聞こえたかと思うと、誰かに強く手を握られて肩が震えた。
「っ!」
「優斗、大丈夫か。少し落ち着け」
「…………あ、れ?」
明るい視界、見慣れた空間。
松本さんは倒れていなくて、陸の声も聞こえない。
夢……
ぞわぞわと湧き上がる寒気に身を抱きしめた。
「嫌な夢でも見たか? ほら、ホットティー作ったから飲めよ」
頬に触れる松本さんの手が温かい。
無意識に流れ出す涙を抑える気力はなかった。
だが、松本さんは特別何を聞くでもなくそれを拭ってくれた。
ランドセルを買った日から約1週間、何も苦しい事など起きていない。
どうしてあんな夢を。
「多分、疲れてるんだろ。今週もよくやったよ」
「……亮雅さん」
「どうした?」
ベッドを立ち上がっただけで不安になり、何となく手を握ってしまった。
いなくなってしまう。
俺の傍から、離れていって。
「嫌、です……1人になるのは、嫌なんです……」
溢れる涙は至極透明で濁り1つない。
まるで煽られているようだ。
「……優斗、俺はまだ20代だ」
「…………へ」
「勝手に殺すな」
「痛たっ」
デコピンをされた。
流れていた涙も今の一言で止まり、なぜか笑いが込み上げてくる。
「……ふふ、くっ……」
「お前な、俺を何歳だと勘違いしてる? 寿命近い爺さんかよ」
「それも、そうですね……」
「あぁーあ……年は取りたくねえな」
あまりに素っ頓狂な松本さんに救われた。
俺の心情を分かっていて冗談交じりに言ってくれたのだろう。
本当に優しい男だ。
「おじさん……」
「やめろ、おじさん言うな。お前が34の頃には俺も40だぞ。あー、嫌だ嫌だ」
「……俺は、おじさんでも好きですよ」
「っ……んな事、言われなくても分かってら」
照れ隠しのようにキスをされて口許が緩む。
松本さんはいくつになっても男前だろうな。
何をするでもなく松本さんをボーッと見つめていると、シマエナガのぬいぐるみを膝の上に置かれた。
「唐揚げにして食わねえのか」
「…………はい?」
「言っただろ、お前が」
「何を言ってるんですか。頭打ちました?」
「キスすんぞ、こら。たいそう都合のいい記憶力だな」
酔った勢いで言っていたなら死にたくなる。
俺は意外と酒に弱いらしい。
だからってサイコパスすぎるだろ……
「こんなに可愛いのに揚げるとか……」
「優斗がサイコなのは今に始まってねえから」
「ど、ういうコトですか」
「急にカタコトなんなよ、怖いな」
振る舞い方が子供に対してのソレに似ている。
俺はやっぱりナメられているのか……?
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