初心に戻って

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…………まただ。 家に帰るなり、陸のオモチャが散乱しているのに気付いた。 昨日片付けたばかりなのに。 確かに子供は可愛いが、片付けが苦手な陸の後処理には苦労する。 松本さんは俺の心情を気にしてか買い出しに行ってくれた。 彼氏である以前に部下として俺が率先して何かしなければいけないと思いながら、結局いつもこれだ。 「はぁ……俺、疲れてんのかな」 そんなに動いてはいないはず。 だが、体が重くてダルい。 床に膝を折り子供用のテーブルへ突っ伏すと、もう起き上がれない気さえした。 なんで、こんな…… その時、スマホが音を立てて存在を主張し始める。 「……誰だ」 松本さんか? なんとか手を伸ばしてカバンからスマホを取り出す。 残念なのか画面には松本さんの名前はなかった。 ____母。 俺はどうしてもこの人が好きになれないようだ。 指先が麻痺したようにピリッと電気を走らせ、こめかみに冷や汗が流れた。 「話すことなんて、何もないじゃないか……」 誰に言うでもなく呟いた言葉は泡のように一瞬で消える。 気が重い。 無視すればいいものを、俺は小刻みに震え出す指先で通話ボタンを押した。 「…………はい」 『……優斗? 優斗なの?』 「何の用、ですか」 ひどく疲れているせいか、実の母親に微かな恐怖心を覚えた。 『体の調子は? もう、大丈夫なの』 「……別になんともないけど」 『そう、良かった……お母さん、克彦と大喧嘩しちゃってね。"俺もお前もクズだろ"って、言われたのよ。あの子も生意気よねえ……』 震える声で何を言い出すかと思えば、母は年始に克彦と会ったようだ。 『ごめんなさい。皆と同じに産んであげられなくて』 「___」 ……皆と、同じ? まるで俺は受け入れられない人間だと言われているようだった。 男が好き、それは母にとって異常でしかなく。 「…………いい、もういいよ。俺は異常でも何でも思えばいい。でも俺の人生にこれ以上関わらないでくれよ」 『優斗……?』 「婚約者がいるから。あんたの気持ち悪がってる男と付き合ってるんだよ」 『婚約っ? 誰、それは誰なの?』 「もう関係ないだろ、成人してんだから。じゃあ」 『ちょっと優__』 強引に通話を終え、スマホを投げ捨てた。 何を期待していたんだろう。 受け入れてもらえるかもなんて、ただの幻想でしかないのに。 「っ……」 頬に涙が伝い、テーブルに落ちていく。 まだ泣く力はあったのかと妙に感心する。 普通じゃないといけないのか。 同性を好きになることの何が異常なのか、俺には微塵も分からない。 以前までの俺なら、きっと生きる気さえ無くしていた。 だが、今では死ぬことが怖い。 松本さんと陸に二度と会えない苦しさの方が余程体験したくないものだ。 「……はは、本当に……どんだけ好きなんだよ」 「__ただいまー」 「ッ」 玄関のドアが開いて、慌てて顔を拭った。
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