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「松本さん。ありがとうございます、買い物行ってもらって……」
玄関に向かい買い物袋を受け取ると、怪訝な顔をしてこちらを見てきた。
「……なんですか。あ、そういえばK社に送る請求書を作っておきたいんで、パソコン借りてもいいですか?」
「あぁ」
「ありがとうございます。昼はなるべく早く作ります、少し待っていてくだ」
「優斗」
「っ…………はい、?」
あまり良い雰囲気はしなかった。
案の定、松本さんに袋を取り上げられてしまう。
「俺がやる」と言ってキッチンに向かうと、それ以上何も言わず料理を始めた。
「……え、いや……料理くらいは俺がやります。松本さんは俺よりずっと仕事の量が多いじゃないですかっ、だから休んでください」
掴んだ手を解かれ、胸がズキッと痛む。
松本さんに冷淡な瞳を向けられたのは初めてで、思わず怯んでしまった。
「どう、して……」
「そんな青い顔をした奴に何を任せるって? 自分の体調を優先して対処できない人間が、誰かの役に立てると思うのか」
「へ……」
「俺は家政婦を雇いたいわけじゃない。優斗は俺の奴隷か? いい加減に気付けよ」
「……」
ぷつりと糸が切れたようで、俯いたまま顔を見れなくなる。
松本さんの叱責はいつも的確だ。
だからこそ、不安になっていく。
「すい、ません……」
「お前にはいまいち伝わらないようだが、何でも全力でやるのが正しいやり方じゃないんだぞ。ひたむきに頑張らなくても、コツさえ掴めば簡単にできる事だって多い」
「……そんなに、疲れた顔してますか」
何かを頑張った覚えはない。
全力になった事も、俺にはないはずだ。
「俺が家に送って1時間近く経ってるだろ。それなのにまだコートを着たままで、うるさいほど綺麗好きのお前が陸のオモチャを放ってる。これのどこが正常だと?」
「ッ……それ、は」
「俺の目を欺けると思うなよ? 1人が嫌ならソファにでも寝てろ」
髪をクシャクシャとなでられ、微かに視界が滲む。
やっぱり苦手だ、この男は。
出会った頃からそれだけは変わらない。
「すみません……少しだけ、休みます。ソファで」
「……ふ、いちいち可愛いなぁ」
「なんで、ですか。何も可愛い事してないです……」
「お前は生きてるだけで可愛いよ。俺からすれば」
「…………ちょっと、馬鹿にしてません?」
「あぁ、してる」
「嫌いです」
「はははっ、怒った怒った」
ムッとしてリビングに向かおうとしたが腕を掴まれ、リップ音を立ててキスをされた。
いつの間にか溢れかけていた涙も自然と収まり、あえて塩対応をかましてやった。
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