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「ただまぁ!」
平凡な1日はあっという間で、幼稚園にはたくさんの保護者が迎えに来ていた。
陸は俺の顔を見ただけで、もう家に帰った気分だ。
「ゆしゃん! ただま!」
「おかえり、まだ帰ってないけどな。……って、この頬どうした?」
陸の頬に絆創膏が貼ってある。
朝はなかったそれに少しだけ心配になった。
「こけたっ」
「どこで転けたんだ」
「お砂」
「砂場?」
「うん。マーちゃんと、おいかけっこした」
「なんだ、そういうこと」
おっちょこちょいの陸がケガをすると心配の度合いも大きいものの、案外大したことはなかった。
松本さんも保育室で先生から陸のケガについて聞いているようだ。
「ランドセルはぁ?」
「え? 持ってきてないよ。そんなに気に入ったんだな」
「マーちゃんのランドセルかっこよかった! 陸のもかっこいい!」
「はは、元気すぎ。ちょっと落ち着け」
飛び跳ねる陸を抱き上げて靴を脱ぐと、ちょうど松本さんが保育室から出てきたところだった。
「りょしゃんっ、ててして」
手を差し出して謎の言葉を放つ陸だが、今となれば『手袋つけて』と解釈することができる。
初めの頃は理解するのに少し苦労したものだ。
「相変わらず手ちっせ。これなら一口で食えるぞ」
「ばっちぃ!」
「なーにが、ばっちぃだ。丸呑みしてやる」
「やだのぉ!」
ケラケラ笑っている陸と松本さんの精神年齢は恐らく近い。
むしろ同じだ。
「うふふ、相変わらず松本君親子は仲良しねえ」
「あ、はは……どうも」
他の保護者と松本さんが会話しているところもよく見かけるが、予想通りここでも人気らしい。
他の保護者は30代後半も多いため松本さんは大分若い。
だからこそなのか、差し入れをもらうこともあるようだ。
以前は俺も冷たい目線を向けられていたのに、今では気さくに声をかけられる。
これも松本さんや陸のおかげだろう。
「俺ら仲良いんだってよ、陸」
「なかよしっ、あいぼう」
「誰が相棒だ。今日の夕飯は陸の丸焼きだぞ」
「いひひ、りょしゃんたべる」
「食べられるのはお前だ」
松本さんは陸に靴を履かせて抱き上げると、まるでいつもしていたように自然と手を握ってきた。
「!」
「帰るぞ」
「っ、はい」
手……繋ぐって、え?
頭がパニックになりかける。
よく考えてみれば外で手を繋ぐことなどほとんどないし、ましてやこんな人の多い場所で。
「あの、え……手……うぇ、?」
「バグったロボットみたいな反応すんなよ。良いだろ、手くらい」
「だってここ、幼稚園ですよっ?」
「門出たぞー」
「そういう、問題じゃ……」
なくてですね……
熱くなる顔を隠したいが、陸の荷物で片手が塞がっている。
1年近くの付き合いになるのに未だに慣れない。
これはもう、一生慣れる自信がなくなってしまった。
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