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「意味はあるといえばあるし、無いと言えばないかな。私なんか素人だしさ。炊き出しの準備手伝ったり壊れた家財道具の整理手伝ったりするくらいしかできないし」
「それって……」
「ああ、T県のN町だよ、行ってるの。一年前に土砂崩れがあって大変なことになったでしょ。死傷者は少なかったけど、家が壊れちゃって困っている人がたくさんいるの。まだ仮設住宅で暮らしている人も少なくないしね」
「……それ、千鶴の身内でも巻き込まれて困ってんの?」
「違うよ安奈。全然知らない人達。でも参加するって決めたの」
意味がわからない。私は頭の上にはてなマークを浮かべる。
自分の家族や親戚が困っているから助けに行く、ならまあわかる。しかし縁もゆかりもない人達を、高い交通費払ってまで助けに行こうと思う理由が全くわからない。それも、屈強な若い男子ではなく、千鶴のような普通の、それも文系の女子大生がだ。
私のそんな疑問は彼女にはお見通しだったのだろう。手元に作ってきたお弁当の袋を開きながら、彼女は言うのである。
「今回の件は、確かに無関係だけどね。……そうしたいなって思ったきっかけは、もっと昔の話だから。安奈も記憶にあるでしょ、震災の時の話。うちのお祖父ちゃんとお祖母ちゃんの実家がもろに被災したんだよね」
彼女のお弁当は、卵焼きと御飯とミニトマト、冷凍食品のシューマイだけという実にシンプルなものだった。量も多くない。明らかに倹約していることが目に見える手作り弁当である。
「二人とも、家はぺっちゃんこ。ほぼほぼ無傷で助かって避難所に逃げられたのにね。……そのあと、ストレスで身体壊して。せっかく助かったはずだったのに、そのまま亡くなっちゃってさ。……私は確かにまだ子供だったけど。でも結局、二人が大変なのに一回も助けに行こうとか思わなくて……それがずっと、しこりになってるっていうか、ね」
「……それは、千鶴のせいじゃないでしょ?」
私は本心からそう言った。今大学生の私達。当時はまだ小学生である。できたことなど何もない。行っても足でまといになっただけではないか。それなのに、自分のせいで、なんて己を責めるのは間違っている。
私の言葉に彼女は、わかってるよ、と苦笑してみせた。
「それでも、思ったんだ。……これからは、後悔しないように生きようって。自己満足でもなんでもいいから、精一杯頑張ったんだって自分に言えるようなことをやってみたいって。それをね、大学入る頃までずーっと考えててさ、でも見つからなかっただけど。……そうしたらニュースで、一年前にN町で大変なことになったって聞いたもんだから。あの時の精算なんかできるわけないけど……お金使ってでもやれることしないと、私は前に進めないって思ったんだよね」
「だから、他人のために、ボランティアやってるの?」
「他人のためなんかじゃない、全部自分のため。大変だけど……自分勝手だけど。私は今自分がやってることで、昔より自分が好きになれたってそう思うんだよね」
だからさ、と彼女は続けた。
「いつも、誘い断ってるの、本当に申し訳ないけど。……そういうわけだからいつも“お金はない”んだ。わかってくれると嬉しいか、かな」
私は、何も言うことができなかった。空気が読めない、友達を蔑ろにしている、自分の趣味のために散財してる――好き勝手言ってばかりいた自分達のことが、急にとても恥ずかしいもののように思えたのである。
彼女は結局、一度も“世のため人のため”なんて綺麗な事は言わなかった。自分のために、自分の好きなことにお金を使っているだけだと断言するばかりだった。
「災害は、起きて助かって、それで終わりじゃない。そのあとの、他の人の頑張りで救える命もある。私がちょおっと何かするだけで、ひとりでも助けられたりしたらさ。それ、ヒーローみたいでカッコいいじゃん?」
そう笑う千鶴は。私が今まで見た誰よりも、キラキラ輝いて見えたのだ。
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