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見えない境界線
* * *
次の講義が始まるまで、私は図書館でレポート作成をしていた。
一旦アパートに帰ろうかとも思ったけど、そこまで近い訳ではなく。移動だけで大半の時間を潰す位なら、静かなこの場所で提出期限の迫るそれに没頭していた方がまだマシかな、と。
広い館内には、県立図書館にも劣らないおびただしい量の本がある。
真面目なものから、そうじゃないものまで。本当に何でもあり。
窓際にある備え付けのテーブルと椅子。ボックスシートタイプになっていて、他人の目が気にならずに集中できるのもいい。
ここに集まる人達は、真面目に読書をするとは限らない。スマホを弄っている人もいるし、中には本格的に眠ってしまっている人もいる。
それでも。他の場所に比べて……というより、常識的な範囲内の雑音のみで、落ち着ける。
祐輔くんと最後に会ってから、気付けば一週間が経っていた。
シフトの詰まったバイトと大学との往復生活で、いつもと同じ、変わり映えのない日常。何でもない日々。
また、逢いたいな……
「……で、その美咲だけどさぁ」
ペンを走らせていると、私と背中合わせに座っていた男子の声が聞こえた。
雑音に紛れる位のトーン。
電話をしているのだろうか。それに答える相手の声は聞こえない。
「最近妙にエロくねぇ……?」
「……」
ノートに筆が引っ掛かる。
男子の話す会話って、本当に下らない。
女をそんな厭らしい目で見て、品定めして……汚い。
勝手に耳に入ってくる声を無視し、気を取り直してレポートに集中しようとした時だった。
「………えぇ!? お前、美咲とヤったのかよ!」
余程驚いたんだろう。先程よりも大きな声。近くにいた人達が通り過ぎ様、チラチラと冷ややかな視線を送る。
「……あー、そっか。……うわマジかぁー。
やっぱ男知ると、女って変わるんだな……」
「──!」
その言葉に、ビクッと肩が震えた。
会話からして推測されたのは、美咲と呼ばれた彼女は……処女。
しかも、それまでは女の色気も感じない程の存在。
処女を売った日──私はそのまま祐輔くんに会いに行った。
男──というか、相手はアプリで知り合った、処女専のおじさんだけれど……
それでも一度経験してしまったら、変わってしまうんだろうか。
そう見えてしまうものなんだろうか。
「………」
……祐輔くんの瞳に、私はどう映っていたんだろう……
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