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私と似たような境遇で入所した子は、腰を落ち着ける間もなく、親元へと戻っていく。
その様子を何度も見届けるうちに、どうして避けられたのかを理解した。
……最初から、仲間意識なんてなかったって事。
貴女はこっち側に来ないでね──引かれたその一線を、越えようとは思わない。
それは昔も今も同じ。
同じサークル仲間のカースト上位グループに、自ら飛び込む様な真似はしない。
例え、大山さんにいいように扱われて、わざわざ目の前で線引きをされたとしても──ただ静かに、平和に過ごせるなら、別に構わない。
「……綺麗に纏めているね」
直ぐ傍で声がし、ハッと我に返る。
顔を上げて見れば、手を後ろに組んだ講師──菱沼が、私のノートを覗き込んでいた。
細縁の眼鏡の奥にある、少しだけつり上がった瞳。
インテリ系の顔つきながら、何処か温かみと落ち着き払った雰囲気を纏っている。
三十代後半だろうか。目尻や口元に、年相応の皺が刻まれてはいるものの、草臥れた様子も親父臭さも感じない。
ふわりと、ミント系の爽やかな香りが鼻孔を擽った。
「いつも私の話を熱心に聞き、こうして最後まで居残る姿を見て……ずっと気になっていたんだ」
「……え」
「もし、解らない所があれば、遠慮なく私に声を掛けてくれ。──ああ、それから」
菱沼の口端が、綺麗に持ち上がる。
つり上がった奥二重の瞳が、何となく悪戯っ子のような色を含む。
「大山美紀子の代返は、しないようにね」
私の肩を二回、ポンポンと軽く叩く。全てお見通しだとばかりに。
「………はい」
芯の無い声でそう返せば、含みのある表情を見せた菱沼が私から視線を外し、サッと立ち去っていった。
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