二度目の価値 *

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二度目の価値 *

* * * 「……大人しい顔して、随分と大胆な子なんだね」 バスローブ姿の私を、裸の男が背後から抱きしめる。 全身を映す鏡越しで見つめられた後、熱い吐息が厭らしく耳裏に掛かった。 数時間前── アプリのメッセを確認すれば、久しぶりに援交のお誘いが入っていた。 ホテル代別で一万五千円。妥当な金額。 最近では、登録したての頃のような数のメッセはない。顔もだけど……きっと真新しさが無くなったせいもあるのかも。 メッセを一往復し、契約成立。 指定された近くの店で落ち合って、軽く食事をした後ホテルへ。 今回の相手は、処女専のおじさんとは違い、身形もしっかりとしている。役職付きなのか。それなりに感じる強いオーラ。 左手の薬指には、マッド系のマリッジリング。──後腐れないお金で、簡単に処理したかったのだろう。 風俗を利用しない辺り、慣れた人を相手にしたくないのかも。素人ばかりの出会い系の中でも、こんな地味な私を選ぶのだから、『大人しくて従順そうな、素人』が好みなのかもしれない。 「……あの……メッセでお伝えした通り、胸だけは、止めてください」 「解ってるよ。その代わり、ナマでしてもいいんだよね?」 「………はい」 別に、ナマがいいって訳じゃない。 なのに、口元を緩ませた男が厭らしい顔つきで、私を上から下から舐め回すように見た。 先に男がシャワーを浴びる。 座ったベッドから、サイドテーブルに置かれた男の私物が視界に映る。 その中のひとつ。無防備に置かれた、黒革の二つ折り財布。 「……」 もし、今、あの財布から紙幣を抜き取って、ここから逃げ出したら──そんな馬鹿な事を頭の片隅で想像し、身体に緊張が走る。 そんな大胆な事、出来る訳ない。もしそこまでしてしまったら、絶対に後悔する。きっと心まで、汚れてしまう…… 誘惑するかのように太った財布を、視界から追い出す。
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