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学校から家まで真っ直ぐと帰る道の途中、通り過ぎる商店街では週末セールならぬ終末セールをやっていた。俺は制服のポケットから携帯電話を取り出して、自宅の番号にかけた。
母親が出る。
「今から帰るけど、飯ある?」と俺は訊いた。
「何も作る気になれないよ」と母。
「わかった」と俺。
「何も作る気になれないよ」と母。
「わかった」ともう一度俺。
「何でも好きなもの買っておいで」
「わかった」と俺。通話終了のボタンに指を近づける。
「最後の食事になっても、後悔しないものね」と最後に母さんは言った。
商店街に売っているものはいつもと変わらなかった。土産物のアクセサリーも、ワゴンの中の陶磁器も、十年以上前からずっと、ラインナップはそのままだ。トイレットペーパーは売り切れているが、スケッチブックはまだ売っているらしい。
商店街の一番端にはファストフード店がある。未来からワープしてきたような外観だが、中に入ると設備は古い。窓際の席で、クラスメイトの秋房がハンバーガーを食べていた。大口を開けて食らいついたので、肉汁が溢れて口の端を伝い、ソースがバンズからはみ出して指を汚し、レタスはボロボロとトレイの上に落ちていたが、秋房はまるで気にする様子がなかった。
この、秋房穂乃香というのは、俺と同じ学校に通う女子生徒ではあるのだが、ただの高校生ではなかった。友達は多分、俺より少なくて、授業中はいつも寝ていて、成績はあまり良くない。進学を希望しているらしいが、俺たちが三年生になれたとして、秋房が進学クラスに入れるかどうかは、極めて微妙だ。多分、無理だろう。
しかし秋房は俺の知っている誰よりも優れた人間だった。世界中の人間が夏の来る前に死んだとしても、秋房だけは生き残る価値があると思う。
俺は店に入ってしばらく秋房を見つめた後、ごくりとハンバーガーを呑み込んだ彼女に見つからないように、そそくさと家路を急いだ。
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