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太一とまさやん
「おっ! いいタイミングできたな! 太一!」
店の中に入るなり、まさやんがレジカウンターからせわしなく出てきた。
嫌な予感がする。
まさやんは俺の両手を掴むと、その上に紺色のエプロンをぐりっと押し付けてきた。そして引きつっている俺の顔を見据え、二カッと笑う。
「店番ちょっと頼むわ!」
「いやいや! まさやん! ちょっと―――」
と言いかけて、まさやんが大げさに手をかざして遮った。もう片方の手でスマホを耳に当てている。
「すまん、太一くん。事は急を要する」
「そのセリフはもう聞き飽きたっつうの! どうせまた女の人に―――」
「あっ、もしもし? まさ兄だよ。今さ、時間は大丈夫? ほんとっ! いや~よかった、急にごめんね。そんなに時間はかからないから。えっと夏休みの事なんだけどね~」
まさやんのスマホから、若い女性の声が微かに聞こえた。ふとなんだか聞いたことがあるような気がした。いやいやいや、まさやんの知り合いのお姉さんなんて知るわけない。って、そんなことよりも!?
ニコニコしながら、軽い足取りで自分の店から逃げ出すまさやん。
とっつかまえようと慌てて店の外に出たが、まさやんはもう追いつけそうにない距離にいた。
あのエロくそおやじが!! なんであんなに逃げ足が速いんだよ、たく……。もういいや……、帰ってきたら店番代を請求してやる。
ため息をつきながら店に戻り、手にしてあるエプロンを広げる。紺一色のシックなデザインに、『まさやんの本屋さん』、と黄色の縦文字で大きく前面に書かれているという、ダサい代物。
高校生にもなって、こんなもん身に着けたくはないが……。店番するときは必ず着ること、といつも言われているので仕方がない。
まあ、いまさら抵抗してもなぁ。夏休みに入ったら、2週間、ここで短期のバイトをするんだし。よし!
気持ちを切り替え、エプロンを付けた。小学生の頃は、このダサいエプロンがカッコよく見えて、まさやんから借りては、一緒に店の手伝いをしていた時をふと思い出した。つい苦笑がこぼれる。
レジカウンターの方に行くと、案の定まさやんのメモ書きが置いてあった。
「えーっと。まずは商品の補充か~」
店内の裏口に向かい、補充する書籍を探し始めた。
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