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私は猫みたいに伸びをした。
明日から久々にまとまった休みが取れたのだ。
ここ一年は仕事が忙しくバタバタしどうしで、休みなど無いに等しい毎日だったのだから。
最近は秋冬物への衣替えがまだ間に合わず、半袖のブラウスにカーディガンを羽織って、しのいでいるくらいの私。
髪もずいぶんと伸びている。いや伸びっぱなしの私。
忙しさにかまけて言い訳して、やっていない事柄は色々たくさんある。
家事とか家のこともおざなりだし。食事も自炊が手抜きで外食続き。
お肌の調子も良くない。顔色冴えない。胃腸の具合も悪し。
食べたり食べなかったり、はたまた食べ過ぎたり、食生活の乱れから太ってしまった。まったく困った。
もうちょっとは、自分のことを気にしないといけない妙齢の女性のはずなんだけども。我ながら苦笑した。
思えば、今年の夏はめちゃくちゃ暑かった。暑いところに仕事も忙しく、頭の中はグルグルしっぱなし。
もう自分が何をしているのか、分からなくなってくるくらいだった。
暑くて忙しくて、倒れそうなこともあったくらいだもの。
思えばこの一年間はずっと忙しいのが続いていたな。いや忙しくしていたのかもしれない。
わざと自分を追い込んでいたところもあったかも。まるで何かに追い立てられるかのように。
仕事にかかりっきりで、毎日毎日が飛ぶように過ぎていっていた。なりふり構わず仕事に没頭していた。
それでも、やっと関わっていたプロジェクトが形になり、軌道に乗って稼働し始めたのだ。だからこのあたりで、みんなが交代でひと休みしようというはこびとなったのだ。一年ぶりの休みらしい休みかもしれないな。
美容院やエステに行こうかな。映画やショッピングも良いかもしれない。
一応若い独身女性らしいことをしなくては。
明日はしばらくぶりの友人とお弁当を持ってピクニックに行く予定なので、今晩は早寝してゆっくり寝ようと思う。
明日のお弁当は何にしようかな?おかかと鮭を入れたおにぎりを作ろうかな。
卵焼きとハンバーグと唐揚げと…。フルーツも持って行こうか。
お菓子も欲しいな。ポットには温かい紅茶を入れて…。
こんなふうにお弁当のことを考えるのも久し振りだ。
自分では意識していなかったけど、やはり疲れていたのだろうな。
ベッドに潜り込むとたちまち眠りにおちた。
「お姉ちゃん、まだ寝てるの? まったく朝寝坊なんだから。もう、ぼくはマロンの散歩に行って来たよ」
「詩織、早く起きなさーい。ご飯が冷めちゃうわよ」
「休みだからって、いつまでも寝てるなよ。父さんは腹がペコペコだよ。みんなお前を待っているんだぞ。寝てばかりいると、目が溶けちゃうぞ」
一階のキッチンから賑やかな笑い声がする。
「うーーん…。いま行く」
階下のキッチンからは、ご飯の炊ける良い匂いが漂って来るのがわかる。
私は寝ぼけまなこで階段を下りて行った。
低血圧気味の私は、実は朝が弱いのだ。いつも朝は笑い者になってしまう。
階段の脇をぬけて廊下から入ると、キッチンにはまぶしい朝の光があふれていて、窓の外にはコスモスが風に揺れていた。
今日は季節外れの暖かい良い天気になりそうだ。
小春日和、インディアンサマーだ。
でも明るいキッチンには、私が今日のピクニック用にタイマー予約した炊飯器の炊き上がりを知らせるランプが点滅しているだけ。
キッチンの中いっぱいにご飯の炊けた匂いにあふれているが、誰もいない…。
寝ぼけまなこでパジャマ姿の私の姿があるだけ。
そうだ…両親と弟は去年事故で亡くなったのだと、私はぼんやりとした頭で思い出した。
一度に家族をなくした私は、それを忘れようとするかのように仕事に没頭してきたのだ。
炊飯器から出た湯気はユラユラ立ち上り、ゆっくりと時を奏でているみたいだ。
窓の外の秋の花のコスモスも、今日は過ぎ去ったかつての春を思っていたのかもしれない。
ご飯の炊ける匂いは幸せの思い出の香りか…。
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