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「米原美桜ちゃんって、犯罪事件の被害に遭ったんだよね? それからどうなっちゃったの?」
小狭いラーメン屋でズルズルと麺を啜る二人。椋木英治と、その友人の田中。椋木は店の奥に設置されたテレビを指差す。
「アレですよ、アレ。國山泉がアシスタントに復帰ですよ」
画面には甲高い声をあげながら、はしゃぐ國山泉の姿が映し出されていた。事件をきっかけに米原美桜は休業を宣言。人気が出始めていた矢先の休業だけに、周囲からは惜しむ声が挙がっていた。
「ただねぇ、あの事件は臭うんですよ」
「何が?」田中はスープを呑みながら興味津々な様子。
「國山泉には美桜ちゃんを憎む理由がある。ただし、アリバイはあった。じゃあ、誰かに依頼して美桜ちゃん殺害を企てたんじゃないかって。だから僕、徹底的に調べてみたんですよねぇ。あの事件について」
「何か分かったの?」
「ある男が、美桜ちゃん殺人未遂事件の犯人だったんですよ」
「ある男?」
「地下組織Mに所属する大喜勝人という人間です。そいつが今回の犯人なのですよ」眼鏡のフレームを軽く持ち上げる椋木。
「えらく詳しいな。探偵でも雇ったの?」
「いえいえ。インターネットで情報収集を続けていると、地下組織Mを目の敵にする男と知り合いましてですねぇ。どうやら彼は、妹をMの輩に殺されたらしく、相当な恨みを持っているようで。それで僕に情報提供してくれたってわけ」
「やってること、探偵じゃん」
「探偵じゃないですよ。世直しです」椋木はラーメンの汁を一気に飲み干した。
「男の情報によると、今日、犯人の男が美桜ちゃんの病院を訪ねるそうなんです。なので、行って参ります」
「どこに?」
「病院ですよ。世直しです!」
椋木は大きくゲップをすると、財布を取り出し、腹をさすりながら小銭を数えはじめた。
「おいっ、大喜勝人!」
総合病院のだだっ広い中庭。椋木は男の背中に呼びかけた。男は振り向き、声の主を探す。椋木は小走りで大喜勝人のもとへと駆け寄り、そのまま体当たりした。もちろん、身体をぶつけただけじゃない。その身体には、椋木の持つナイフが深くめり込んでいた。
「お──お前」
「フフフン。いい気味ですね。天罰ですよ」
もたれかかってきた身体を支えることなく椋木が身をひるがえすと、大喜勝人はそのまま地面に倒れ込んだ。刺された脇腹に激痛が走っているのか、地面を掻くように悶えている。椋木は死にかけの昆虫のようにジタバタする大喜勝人の背中に向かって、口の中いっぱいに溜め込んだ唾を吐きかけた。
「社会のゴミ! 美桜ちゃんに酷いことしやがって! 消えろ! 消え失せろ!」
罵倒しながら何度も唾を浴びせかける椋木。その背後では、中庭に吹いた風が桜の木々を揺らす。ふんわりと舞った桜の花びらが一枚、大喜勝人の背中に舞い落ちた。
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