8人が本棚に入れています
本棚に追加
/29ページ
転機
セルフイド大学園は、18歳から入学できる平民街の中でも相当な名門学園だ。
学舎と寮が併設されており、特殊な事情でない限り、基本的に第六と第七の日以外は学園内にいないといけないという勉学優先のシステム、そして何よりも平民が多いこの学園では、家名よりも実力の方を高く評価しているところがこの学園の人気を助長させている。
この学園で三年間の勉学をしっかりすれば、まず間違いなく将来安泰といっても過言ではないだろう。
だから入学してくる生徒は皆、誰よりも志高く行こうと意気込んでくる。
もちろん俺も、入学当初は相当気合を入れた。なにせ三年間この学園へ入学するために勉強し、学費を稼いできたのだから。
ここからの学園生活は、できれば勉強に集中し、継続的に良い順位をとりたいと思っていたのだが、どうやらそういうわけにもいかないらしい。
四時間目の授業が終わり、教室内の生徒がそれぞれ学食の方へ移動し始めたとき、一人の上級生がゆっくりと教室の方へ入ってきた。
175センチほどの身長を持つその男は、険しい表情のまま辺りをキョロキョロと見回し、やがて俺の顔へと視線を固めた。
周囲の生徒たちの騒音を気にせずに、男は俺の方を向いて一直線に歩いてきた。
「アルスと言ったな、放課後、ロイジウスさんがお呼びだ」
「何かご用ですか?」
椅子に座った俺を見下すように威圧をかける男に、俺は少しムッとしながらも問い返すが、彼は一言「来ればわかる」とだけ言い残してその場を去った。
「はぁ、何なんだよ…」
俺は男の背中を見つめながら大きくため息をついた。
「アルス! さっきどうしたのさ、教室の前で見てたけど、あれ二年生だよね?」
なぜ上級生に突然呼ばれたのかわからないでいると、教室の前ドアから栗色の髪の毛をしたタレ目気味の男━━ランセルが俺に声をかけながらやってきた。どうやら先ほどの一部始終を見ていたらしい彼は、少し心配そうな表情を俺に向けている。
「あぁ、ロイジウスって人が放課後に俺を呼んでいるらしい」
俺がさっき起きた出来事を説明してやると、ランセルはロイジウスという名前にひどく驚いたように目を見開いた。
「ロイジウス先輩に?!」
「ん? すごい人なのか?」
聞いたこともない名前だが、大きな反応をするランセルを見て、俺の頭の中には様々な憶測が飛び交い始めた。そんな俺の様子を見たランセルは、誰にも聞かれたくないかのように体を寄せ、耳を貸せとジェスチャーをする。
「ロイジウス先輩は、暴れん坊で有名なんだよ、何人かその人に怪我を負わされた一年生ももういるみたいだよ」
「そうなのか?!」
囁き声だったか、衝撃的な内容に、俺は思わず声を張り上げた。
しかし、そんな俺に構うことなく、ランセルは続けた。
「ロイジウス先輩についている人たちも、相当気性が荒いらしいから、あまり楯突いたりしないほうがいいと思うよ」
「そうか…」
そこまで聞いて、俺はある一つの出来事が頭に浮かんだ。
それは昨日の話なのだが、放課後に気晴らしに学舎裏にある訓練広場の先の、小さめな樹林地を散歩していたら、数人の男の怒号が聞こえ、気になった俺は身を屈めてその声の方向へ行ってみると、三人の制服を着た男が地面にうずくまる男の背中や太ももを踏み潰すように暴力を振るう場面に遭遇したのだ。
男たちは口々に「調子に乗るな!」や「ナメてんのか!」と騒ぎ立てながら、背を丸めて頭を守る男を蹴り続け、その制服の柄から、蹴っている男たちが二年生で、蹴られている男は俺と同じ一年生だということがわかった。
一年生の男は、蹴られすぎたせいか制服は所々破れ、顔には地面の泥がべっとりとついていた。俺はその様子を少し遠くで観察していたが、しゃがんでいる所為で一年の男とほぼ同じ目線の高さだったからか、運が悪くその一年生の男に見つかってしまったのだ。
それだけだったらまだ良いのだが、まさかその場でその男が俺に向かって「助けて!」と叫ぶなんて誰も予想がつかなかっただろう。そのおかげで上級生にも俺のことがバレてしまったし━━━
「アルス? どうしたの、考え込んじゃって」
「え? あぁ、いや、ちょっと聞いてくれるか」
少し難しい顔をした俺を見てランセルが声をかけてくる。それに対し俺は一気に回想から引き戻されたが、念のために昨日の出来事をランセルに説明すると、彼は再び驚いたように「え?!」と声を漏らした。
「絶対そのことだよ! ていうか、その先輩たちはどうしたの?!」
「ギリギリだったんだけどな…一応倒せた」
「はぁ?! 倒したって…どうやって?」
驚きっぱなしのランセルは、問い詰めるように身を乗り出した。
「いや、まあ、土とか投げて、そのまま身体強化でなんとか」
「なんとかって……まぁアルスなら勝てるかぁ」
「なんだその諦めた目は…俺だって腹と背中打撲してんだ、昨日の時点で医務室行かなかったら今日の朝起きれてないぞ」
ランセルがなぜか自分で納得し始めたから、俺は俺で全力を出し尽くしたことを伝えると、彼は何ともない表情をして「そういうの良いから」と言って立ち上がった。
もう一声文句を言ってやろうとも思ったが、丁度その時に授業のチャイムが鳴り始めたから、結局俺は口元まで出た言葉を先送りすることにした。
それから特に変わったこともなく、無事放課後まで迎えることができた。
クラスの生徒である者は直ぐに寮へ帰り、ある者は教室に残って勉強し、ある者は書庫へ向かうなどして各々のやることを進めているなか、俺は一人教室を出た。
教室を出る際に、ランセルが待っていたかのように現れたが、彼は「みんなで寮で待ってる」とだけ言葉を残してその場をさった。
俺は彼を見送った後、階段を登って三階へと向かった。
この学舎では、地下まで含めると全部で五階層あり、地下が訓練場、1階が食堂や書庫、2階が一年生のフロアで、3階が二年生、そして4階が三年生となっている。
ちなみに寮も学舎と同じように、一階が休憩場で、二階から上にかけて一年生から三年生と学年を重ねている。
三階へたどり着くと、どこの教室か分からなかったが、先ほど教室へ来た上級生の男が階段先で俺を待っていたらしく、軽く顎でついてくるように俺へ指示すると、返事も聞かずに歩き出した。
昼頃教室に来た時と同じような横柄な態度に、俺は相変わらずムッとするが、ここで何か言っても仕方ないと思って後をついていった。
いくつかの教室を抜け、一つの扉の前に男は立ち止まると、二度ノックして中からの反応を伺った。
中から「入れ」という声が聞こえると、男は扉を開け、俺を通せるように身を退けると、どこかへ去っていった。
ここに来て緊張し始めたのか、去った男の行き先を見る暇もないくらいに俺の心臓は鼓動を早めた。
軽く手を胸に当て、深呼吸を数回した後、開けられた扉をかいくぐった。すると、そこには━━━
たった一人の男が教室の中央に座っていた。
最初のコメントを投稿しよう!