敗北

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敗北

 「お前がアルスか…まあ、こっちに来い」  俺が扉を閉めて入ったのを確認した男は、静かに、されど有無を言わさぬ圧力をこもらせた言葉を投げかけてきた。  制服の上からもわかる筋肉の盛り上がりは重厚感を持っていて、眉間にしわを寄せて射殺すような目をこちらに向けている。  「えっと、どちら様ですか?」  一瞬この人が例のロイジウスかとも思ったが、直ぐにその考えは捨てた。  なぜなら、目の前の男が着ている制服は三年生のものだからだ。ロイジウスが三年生ならば、わざわざ二年生の教室に来させることはない。つまり、この人はロイジウスではないのだ。  「来い」  俺の問いには答えず、男はただ静かに手招きをした。  行かなければ話が始まらないので、仕方がなく黙ってその男の方へ向かって歩き始めると、突然背後の扉が大きく開いた。    「ヘルムさん、ありがとうございます!」  大人数の足音とともに、少し高めで耳に障る声が聞こえてきた。  後ろを振り向くと、訓練用の木刀や剣の鞘などを持った男たちがわらわらと教室へ入ってきて、俺の退路を塞ぐように扉の前にたった。  その先頭に立つ男はニヤニヤと媚びへつらうような笑みを顔に貼りつけながら、俺を素通りしてヘルムと呼ばれた男の方へと歩いていった。  「ロイジウス、これが昨日の男か」  「そうです! ヘルムさん、どうですか?」  ヘルムはロイジウスと呼ばれた男の方をちらりともせずに、俺の方をずっと見ながら言った。  なるほど、このニヤニヤした気持ちの悪い男がロイジウスなのか。  「ふんっ、好きにしろ」  ヘルムは何か査定するようにじっと俺を見つめた後、諦めたのかそう言葉を残して立ち上がり、そのまま教室の扉の方へと歩き始めた。  俺はその場で動かなかったが、俺を塞ぐために扉の前で立っていた男たちは、全員怯えたように一斉に道を開けた。  出て行くヘルムの後ろ姿を見ながらロイジウスは大声で「ありがとうございます!」とだけいうと、ようやく俺の方を見た。  それが合図になったのか、扉の前にいた男たちもワラワラと動き出し、俺を逃すまいと囲い始めた。  「アルスくんだったかなぁ、自分が何したかわかってるぅ?」  ロイジウスは適当な机から椅子を引っ張り、その上に座りながら俺をにらんだ。  「連れてこい」  答えない俺を無視して、ロイジウスは近くにいる男にそう指示すると、男は「はい」とだけいって教室から出ていった。  しばらくすると、先ほどの男が一人の男を引きずるようにして教室へ戻ってきた。  引きずられていた男は、ロイジウスの側に転がせられ、ロイジウスは彼の体に脚を乗っけると、俺の方を見た。  相当痛めつけられたのか、彼の制服は血が滲んでおり、顔も腫れている。だが、俺は彼が昨日の助けを求めてきた同級生の男だと言うことが一目でわかった。  昨日俺が三人の上級生と戦闘状態になった時に姿が見えなくなってたが、捕まってしまったのか。  「こいつ、マインって言うだが、見覚えあるか?」  ロイジウスが再び俺に声をかけてきた。  「あぁ、昨日の樹林にいた男…」  「そうだ。 見ただけだったら口止めだけでよかったんだが…俺の仲間に傷をつけられちゃ話は変わるな」  ロイジウスは脚で転がすようにマインを揺らしながら、ニヤニヤと再び気持ち悪い笑みを浮かべて俺を見据えた。  「ロイジウスさん、学園内でこんな騒動を起こしたら、間違いなく退学になりますよ」  「……は? ギャッハハハハ!!!」  至って大真面目に争いごとを止めようとする俺に対し、ロイジウスは虚をつかれたのか、一瞬理解ができないと言うような表情をしてから、腹を抱えて笑いだした。  それに合わせるように、俺を囲う上級生のみんなも笑い始める。  「おいおいおい、こいつはバカなのか?」  目尻に涙が滲んできたのか、目をこすりながらロイジウスは立ち上がり、椅子の背もたれに手を置いた。  「じゃあ、これで退学になっちゃうかもなぁあ!!」  突然語尾に力を込めたかと思うと、椅子が一脚俺の顔めがけて飛んできた。  「っ?!」  咄嗟に身体強化し、手に魔力を込めて顔の前でクロスをするも、あまりの勢いに反応できず、俺はまんまと椅子をぶつけられて吹き飛ばされてしまった。    「やれ!」  ジンジンと腕が痛む中、聞こえたのはロイジウスの叫び声だけだった。  その直後、無数かと思える打撃音が響き、俺は身体中のあちこちが砕かれたかのような痛みを感じた。  「っ━━!!」  おそらく俺を囲んでいた男たちが一斉に手に持つ武器を振り下ろしているのだろう。  幸い身体強化をしているため、ある程度の打撃には耐えられるようになってはいるのだが、さすがにこうも大人数による暴力を味わうと、反撃の隙も、ましてや痛みを訴える暇でさえない。  今の俺にできるのは、ただひたすら歯を食いしばることだけだ。  「よし、いいぞ」  ロイジウスの合図によって、無限に思われる苦痛がようやく終わった。  周りの男たちも疲れているのか、少し息が荒く、何人かは椅子を引いて座り始めていた。  俺は全身の痛みによって動けず、ただただ地面に寝転がって荒い息を吐いていた。  「おい、いいかクソガキ、今回はこれくらいにしといてやるよ」  ロイジウスは俺のそばにやってきてしゃがみこむと、俺の顔を軽く手のひらで叩きながら続けた。  「ちなみに、他人に一言でもこの事を漏らしてみろ? これだけじゃ済まないからな」  動けずにいる俺は、ただただ憎らしく睨むことしかできず、それをみたロイジウスは満足そうに頷くと、ペシペシと俺の頬を二回叩いて「よし」といって立ち上がった。  「ものを片付けろ、教官が来る前に引くぞ」  ロイジウスがそう言うと、先ほどまで疲れて座っていた奴らも立ち上がって各々教室から出ていった。    教室内では、俺とマインだけが取り残された。俺はともかく、マインも動けないようで、地面に寝転びながら小さくうぅと唸っているだけだった。  シーンとしていた教室もしばらくすると扉の開く音と共に騒がしくなり、また奴らかと思って俺は顔だけそちらに向けて確認するが、奴らとは関係のなさそうな生徒がわらわらと入ってきただけだったので、俺もホッと一息ついた。  入ってきた二年生の生徒たちは、地面に傷だかけで寝転ぶ俺を一目見ると、同情するような、それでいて自業自得だとでも言いたげな眼差しを向けてきた。  居心地はこれ以上ないほどに悪いが、生憎立ち上がりたくても全身が張り裂けそうな勢いで痛みを訴えてきているため、力が入らないのだ。  「うぉっ!」  どうにかして立ち上がろうともがいていると、突然後ろ襟を掴まれ、そのままずるずると教室の扉の方に引き摺られた。  誰かに引っ張られたのはわかるが、角度的に顔を見ることが叶わず、俺はなすがままに廊下の方へ放り出された。上体を起こす前に続いてマインも放り出されたようで、俺の体に重なるようにして飛び込んできた。  「そう言う奴らとは関わるな」  声が聞こえたと思うと、何か俺らが反応する暇もなくバンっと扉を閉められた。
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