<第五十九話・信じる者の幸福>

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 ショーンの声が、どこか遠くから聞こえる。焼けた腕や肩の痛みで、正直答えるどころではなかったが。ああ、こんな時回復魔法が使えれば楽だったものを。残念ながらアナスタシアは完全に黒魔法に特化した術師である。白魔法は、殆ど使えないと言っても過言ではなかった。 「“夜明けの一閃(デイブレイク)”!!」 「リカルド!」  そこに、雷を纏った剣の一撃が振ってくる。どうにか反射的にそれを防いだらしいリカルドだが、彼は失念していた。  基本的に、魔法剣の場合は普通に防御してはいけないのである。何故なら、防御したところで剣を伝って魔法が届いてしまうことになりかねないからだ。そして、クライクスは魔法剣士。先ほどから、剣技ばかりで戦ってくる印象があったために、すっかり失念していたのであろう。  魔法剣士の魔法剣は、こちらも魔力で防御して防ぐか、躱すしかない。だが、リカルドに躱す選択はなかったはずだ。なんせすぐ後ろには、仕えるべき女王が控えているのだから。 「くそっ……!」  雷に痺れたリカルドが膝を着く。それでも攻撃してきたクライクスの腹を突こうと槍を突き出すあたりは軍人の鑑か。  しかし、やぶれかぶれの攻撃は当たらない。そもそも、最初からクライクスはヒット&アウェイの構えだったのだろう。リカルドの槍は空振り、再び後退するクライクスである。そして。 「“秘薬・火雨”!!」  今度は頭上から小さな火の球がいくつも振ってきた。爆発した火薬が火花を飛び散らせながら襲いかかってきている。まさか、とアナスタシア思った。まさかこれは――無限ループなのでは、と。 ――クライクスが一撃斬りつけてヒット&アウェイで離れ、離れたところにショーンが後衛から毒薬や火薬を投げ込んでくる……!そしてその機動力は、どちらもテリスの白魔法で大幅に上昇している!!  完全にやられていた。自分とリカルドがバラバラの位置に立っていれば問題はなかっただろう。が、リカルドの使命は女王であるアナスタシアを守ること。神を守ることも大切だが、彼にとって一番の優先事項はそちらであるはずである。だから、アナスタシアが攻撃されればすぐそちらの防御に入る。アナスタシアが完全に黒魔道の専門で、身体能力そのものがさほど高くなく、回避力も防御力も低いのだから尚更そうなるだろう。  それを、完全に向こうには見切られていた。ドラゴンの魔法を破られ――竜騎士のドラゴン召喚は負担が大きいので、基本的に一戦闘で一回が限度なのである――動揺したせいで自分も彼も冷静さを欠いていた。いくら壁際に追いやられていたアナスタシアが危険に晒されているといっても、自分もまたガーネット神を守り儀式を成就させるために此処にいる存在。一から十までリカルドに守られてはいてはいけないし、この場合アナスタシアが自力で回避するべきだったはずだというのに。
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