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機械に疎い彩月は夫に設定を聞いていた。
「テレビはどうすれば良いの?どこの線を繋げば良いの?」
結婚するまで実家にいた彼女が一人で暮らそうとしている事に、彼は胸が詰まる思いだった。
「……俺が後でやってやるよ」
「そう?でも、時間があった時でいいからね」
「……」
こんな下見をした二人は、孝弘の運転で自宅に帰っていた。
「ちょっと寄って良いか」
「良いけど。どこに行くの?」
「……」
夫は黙って車を走らせていた。彼女は連日の新たなる準備の気疲れで爆睡していた。
「おい、着いたぞ」
「ここは?海?」
夕刻の潮風。夫は上着を妻に掛け、優しく手を取って浜辺に進んでいた。
ここは彼がプロポーズをしてくれた場所だった。
「寒くないか?」
「私は平気だよ。孝ちゃんこそ、寒いでしょう」
「寒いよ……この一週間は」
彼はそう言って妻を抱き寄せた。
砂浜には二人の足跡だけで、潮風が強く吹いていた。水平線にはオレンジの夕陽が沈むところだった。
二人は潮風の中。今が終わる刹那を黙って見ていた。
「……そんなに心配しないで。初めは頼ることもあるかもしれないけど。迷惑かけないから」
「どうしてお前。俺を責めないんだよ……」
「だ、だって」
私が子供ができないから、と崩れた涙声は波が消し去っていた。妻の叫びを聞く前に夫は彼女を強く抱きしめた。彼も泣いていた。
「ごめん!でも嫌だよ。やっぱり嫌だ……。彩月と別れるなんて」
「孝ちゃん……」
「謝っても許されないってわかっているよ!でも、彩月を一人にできないよ」
二人はしばらく抱き合い泣いていた。
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