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第二章 「亮太」 6「ようそんなこと考えるな」
次に亮太は、人が変わってからの父ちゃんを思い出した。
亮太が父ちゃんと過ごしたそのままの姿だ。父ちゃんと母ちゃんは仲のいい夫婦だった。
息子の自分が言うのもなんだが、いつまでも恋人気分で接する二人は、仲睦まじいと言うより、恥ずかしさを覚えるほどラブラブだった。母ちゃんは父ちゃんのさりげない一言やつぶやきに反応して、きゃっきゃ、きゃっきゃ、とはしゃぐように笑う。父ちゃんは笑っている母ちゃんを見て満足そうに笑みを浮かべる。特に買い物に行くとき、ドライブをしながら動物を観察する話は、父ちゃんが動物にでもなったような気分でその時の状況を話す。また動物を観察した意見を述べる。
亮太は「動物のつぶやきネタ」とノートにタイトルを書いた。
先ずは鳩だ。
真夏のお昼頃、車に乗ってスーパーへ出かけたときのことだ。
橋の欄干の前に電線があった。十数羽の鳩が電線にとまってじっとしている。
「あいつら暑いやろなぁ」と父ちゃんがフロントガラスの上側を見ながらつぶやいた。
「誰、どこ」と助手席に座る母ちゃんが前方を見てきょろきょろする。
「鳩よ、鳩。こんな暑い日に直射日光浴びて、くらくらしとるんちゃうか」
「あはははっ、なに言うてんのよ、父ちゃん。そんなわけないわ」
「そらわからんで。『リーダー、陰に入りません。あんたリーダーやからがまんできるかもしれんけど、わしら部下やからそんなに強くないねんけど』とか、泣き入れてるで」
「そんなアホな」
雨の日のときは、母ちゃんが父ちゃんの言葉にむっとした。
「あいつら、雨が降ってるのに電線にとまって濡れてるで。橋の下にでも入って雨をしのいだらええのに。機転の利かんやつらやのう」
「羽が水を弾くから大丈夫ちゃう」
「そう言うたらお前、最近シャワー浴びても水を弾かへんって言うてたな」
「変なこと思い出さんでええよ。歳ばれるようなこと言わんといて」
母ちゃんが腕組みをすると、父ちゃんは静かになった。
次は犬だ。
ドライブをすると、犬と散歩をする光景を見ることがある。
これも夏の日だ。
犬がタッタッタッと速めに進みながら散歩をする。綱を引く人も小走りになる。引き止めようとして引っ張っても、犬は歩行をゆるめない。
「あいつ、足の裏が熱いんやで。あつっ、あつっ、あつって思いながら歩いてるわ」
「そんなあ、普通に散歩してるやんか」
「なに言うてるんや。こんな暑い日はアスファルトが焼けてるに決まってるやろ。絶対、あいつは思てるで」
「どんなこと」
「あんたは靴を履いてるからええけど、わて素足やで。ちょっと時間帯と日差しっちゅうもんを考えてえなって」
「そんなこと思ってないで」
「そんなことない。ほら、あそこの田圃道を見てんよ。猫が歩いてるやろ」
「ほんまや。なんであんなとこ歩いてるんやろ」
「犬がうらやましそうに猫の方を見てるで。猫は自由でええなあ。首輪も綱もつけられんと好きな道を歩ける。田圃道は涼しいやろな。ええなあって」
「ほんまか」
「そら、猫も思ってるわ。『あいつ、こんな暑い日に素足でアスファルトの道を歩いて、アホちゃう』って。猫は都合のええ生き方をする天才やからな。絶対や」
「そんなアホな」
「ほなつけ加えるけど、雨の日に散歩させてる犬を見かけることあるやろ」
「あるけど」
「たまに綱を引っ張っても、歩こうとせん犬がいるやないか。それにぶるぶるって体を振って雨の雫を落としてるやろ。そのときもあいつらは思ってるで」
「なにを」
「あんたはええなあ、カッパ着てるから。こっちは裸やで。雨に濡れて寒いがな。雨が降ってない日にしてえなって」
「もう、ようそんなこと考えるな」
「黙って運転するより楽しいやろ」
「そら黙られるよりはおもしろいよ」
亮太は書きながら、父ちゃんと母ちゃんの会話をマンザイにできないか思考した。
亮太は頁を捲って、「父ちゃんで笑ったこと」とタイトルを書いた。
父ちゃんが芸能人に似た素人出演番組を観てたときのことである。
父ちゃんは左手を頭につけて、寝そべっている。亮太は父ちゃんのうしろでテレビを観た。なにを思ったのか、父ちゃんは右手をあげて、まず右側の顔を指差した。
「亮太、TあるやろT。仲良くけんかするネコやネズミとちゃうぞ。ハリウッドの映画スターのTやぞ。アクションスターや。知ってるか」
「うん。まぁ映画スターはわかるけど。父ちゃん、それがどうしたん」
「わしなぁ。若い頃、この右耳の産毛、Tの右耳の産毛に似てるって言われたことあるんや。すごいやろ。へっへっへっ」
「なんやそれ。なに自慢してんねん。そんなん誰が検証したんよ。検証できても小さすぎるわ。顔のパーツにも入れへんわ」
父ちゃんはくるっと振り向いた。
「なかなかツッコミがうまいやないか」
あのとき、父ちゃんは満面の笑みを僕に見せた。
しかし、よりによって部分的な『産毛』って、ようそんなこと考えつくなあ。もうちょっとで、「あんた、どんだけ強引やねん」ってツッコミを入れそうになったわ。
亮太は机の前で思い出し笑いをした。笑いながらネタ帳を手にして思った。
「母ちゃんはやっぱり父ちゃんが大好きなんだ」
亮太はネタ帳を机の中へ仕舞い込んだ。
いつもネタは翔ちゃんが考えてくれる。いつの日か役に立つ日が来ればいいな。と亮太は願った。
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