36人が本棚に入れています
本棚に追加
第二章 「亮太」 7「それで美咲はなんて言ってた」
二人はお昼休みに翔太のネタ帳を広げて、ネタのすり合わせをした。
翔太がネタの流れを説明する。続けて亮太の科白を書いた箇所を指でなぞりながら読む。亮太がそのあとで復唱する。互いの意見を出し合い、何度も練習をした。
今日はあの場所で新ネタを披露しなければならない。二人は多少なりとも緊張した。
一通りの読み合わせができたところで、周りをうろうろする伸一に気づいた。
「チョロ、さっきからなにをうろついてるんや。気になるやろ。なんか用か」
「いや、ちょっと亮ちゃんに」
「亮太に用事ってなんだよ」
「いや。それが」
「歯切れの悪いやつだな。気になるやろ。なあ亮太」
「それが、その、美咲ちゃんが」
「美咲がどうしたの」
「あっ、いや。別になんでもないから。まあ今晩、亮ちゃん家に行くわ。いてるやろ」
「うん。いてるけど」
「じゃあ、あとで」
亮太は首を傾げながら離れていく伸一の背中を見た。それから美咲の方を確認した。
確かに、今日は美咲の声が聞こえてこない。どうしたんやろ。元気がなさそうだ。
亮太が美咲の席に行こうと立ち上がりかけたとき、「よし。もう一度チェックな」と翔太がネタ帳を見ながら言った。亮太は美咲を見つめながら座り直した。
授業が終了すると、亮太は美咲に近づいて声をかけた。
「美咲、なんかあったんか。元気ないで」
「ううん。なんにもないよ。あんたの気のせいちゃう。うちは元気や」
美咲が笑顔でガッツポーズを見せた。
亮太は納得できなかったが、新ネタ披露の時間が迫っていることを美咲に告げて教室を出た。
いつもの舞台が見えてきた。今日、来ているのは七人だけ。顔ぶれの中に日置達はいなかった。二人は内心ほっとした。
二人は切り株にあがり、ネタを始めた。
「先日、体力測定がありましたねえ」
「翔太君は足が速いからうらやましいよ」
「人間、死ぬ気になれば実力以上の結果を出せますからねぇ。ほら、清水の舞台からって言う気持ちと同じですね」
「じゃあ、僕、はりまや橋から飛び込むような気持ちでがんばるよ」
「はりまや橋はもう道だよ」と、ここで翔太が亮太の後頭部を軽く叩く。亮太は空を見上げてきょろきょろする。不良達が亮太のリアクションを観て笑う。
「今日はいい成績がでましてね。足が速いって言う、いわゆる」
「豚足だよね」と亮太がボケる。「俊足だよ」と翔太が言って、また亮太の頭を叩く。亮太が空を見上げてきょろきょろする。
今度は軽い笑いになった。続いて翔太が大きめの声で始める。
「突然ですが」
「翔太君、ほんま突然やな」
「豚足と言えば商店街ですよね」
「また強引な結びつけで。それで商店街がどうしたん」
「先日、商店街を盛り上げようと地域の人が相談してたんですよ。それで今、全国で流行ってる『ゆるキャラ』を考えようってことになったんですが、これがなかなか思い浮かばないんですね」と翔太が長い前振りをする。
「ゆるキャラなら僕が思いついてます」
「さすが亮太君。それはどんなゆるキャラ」
「『最近、しもがゆるくなった』って、隣のおじいちゃんが言ってたよ」
「ちびったらダメよ。って、ゆるいの意味が違うやろ」
不良達から笑い声がもれてきた。亮太が手を叩いて言う。
「でもね、もっといいことが浮かびました」
「亮太君、なにを思いついたの」
「そのおじいちゃん、洗面所の蛇口に手を出しても感知しなくて水が出ないんだって」
「それがどうしたの」
「だから、おじいちゃんをクローン技術とかでもっと増やして、飛行機にいっぱい貼り付ければ、センサーに反応しない。新型ステルス号くらいの発明になる。すごいでしょ」
「センサーに反応しなくても、誰の目で見ても、見た目でわかるわ。最も古典的な方法で見つけられてしまうわ。それに人権、人道的にも問題があるやろ」
「ダメですか」
「ダメダメ。それにな、ステルス号はもう新型になってるぞ」
「えっ、ほんまに」
「あかんわ。あんたとはもうやってられんわ」
亮太と翔太は切り株を降りて、不良達を見た。
不良達の顔つきがゆるんでいる。口元に笑みを含み明るく感じる。
心がもどもどしてこそばゆい気がした。はっきりと気持ちを伝える表現が浮かばないが、気持がいいことにはかわりがない。二人は竜二の声を待った。
竜二がすくっと立ち上がって、大きな声で伝えた。
「今日はこれでお終いや。みんな、帰ろうか」
不良達はぞろぞろと一塊の集団になって姿を消した。
二人はぽつんと置き去りにされた。亮太が翔太の服を引っ張って訊ねた。
「翔ちゃん、反省会は、ダメ出しは、もう終り」
「そんな感じだな。よしとするか」
二人はにっこり笑い合った。
亮太はスキップをしながら家へ帰った。
「お帰り。あらっ、なんかいいことあったの」
「まあね」と機嫌良く返事をして自分の部屋へ行った。
夕食を食べ終える頃、伸一が訪ねて来た。表情がいつもと違う。いやお昼から雰囲気が変だ。亮太は伸一を二階へ連れて行った。部屋に入ると、伸一が、「これを見てくれ」と二枚の写真を出した。亮太が一枚目の写真を手にして少しむっとした。
「伸ちゃん、ひどいな。どうして美咲を盗撮してるんだよ」
「そうじゃないよ。写真の右上のところを見てよ」
亮太が写真を覗き込んだ。
うっすらと写っているが、帽子をかぶった男が美咲の方に顔を向けている。
「なにこの人」
「それで、この写真を見て」
道着を持って歩く美咲の姿が左側に写り、右側の端に帽子をかぶった男があとをつけるように写っている。
「これどうしたの」
「僕、美咲ちゃんが通っている空手道場へ練習を観に行くことがあるんだよ。そこで変な人が道場を覗いていることに気がついて、少し離れた場所へ移動してからあやしい男をカメラで撮影したんや」
「なに。ほんとに盗撮してんの」
「違うよ。ちゃんと美咲ちゃんにも見てもらったから」
「それで美咲はなんて言ってた」
「それが、ちょっとびっくりした顔をして、急に暗い顔になった。『どうしたの』って訊いたら、『このことは誰にも言わないでよ』って、美咲ちゃんが怖い顔をして言うから、『わかった』って返事をしたけど。ストーカーかもしれないから、亮ちゃんにだけは伝えようと思ってさ」
亮太はじっと写真を見た。胸騒ぎがする。覚えがあるようないやな気分だ。
伸一は亮太を気遣って、すぐに帰った。
その夜、亮太はあまり寝られなかった
最初のコメントを投稿しよう!