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第三章 「美咲」 4「今の言葉はカットして」
翌朝、美咲は少し気が楽になり、体調もそれなりに回復した。
不眠がちなすぐれない数日を過ごしていたが、昨晩は久しぶりに熟睡ができた。
教室に入ると、亮太と目が合った。こくっとうなずいて美咲は席に座った。
紗英と舞が朝のあいさつをしながら美咲に寄り添ってくる。
「美咲ちゃん、今日は血色がいいって言うか、目の隈がちょっとなくなったね。昨日は寝不足ですって顔してたもん。夜になにをしてるのかなって気になってた」
舞が一気に話した。
「別になんにもしてないよ」
「ほんとに。実は明日休みやから、今晩、美咲ちゃんの家に遊びに行こうかって、二人で話してたんよ」
「別になにもないから心配せんといて。でも遊びに来るんやったら別にええよ」
「ほな、今晩二人で遊びに行ってもええ」
「ええよ。三人で夕食でも作って食べようか。なんならお泊まり道具も持ってきたらええやん。久しぶりにゆっくり話せるし」
「私は泊まれるけど、紗英ちゃんは」
「お母さんに訊いてからでないと約束はできんけど、たぶん私も大丈夫やと思う」
「そうか。ほな決定やな。今晩しゃべりたおしたろ」
「ちょっと、私、徹夜は無理やわ」
「がまん比べとちゃうねんから、寝たいときに寝たらええやんか」
美咲と舞の会話を聞いて、紗英がくすくす笑った。
美咲は家に帰るとすぐに私服に着替え、母が勤めるスーパーへ買い物に行った。
買い物かごを持ってしばらく悩んだが、ジャガイモ、ハム、キュウリ、ミニトマトを入れ、最後にパスタの材料を手にした。母が担当するレジのカウンターに並んだ。母に友達が遊びに来ることを伝えて急いで家へ向かった。家に帰る途中で亮太が電話をしてきた。美咲は友達が泊まりに来ることを亮太に伝えた。
「だから心配せんといて。今晩、友達が泊まりに来るから、もし家の前で立ってたら承知せんよ。言うこときかなんだら別れたるからな」
美咲の脅しに亮太がびびった。
「わかってるって。今日はせんよ」
「今日はって、またする気か」
「そんなにせんよ」
「そんなにって、警察に連れて行かれそうになって、まだ懲りてないんか」
「ううん。大丈夫。もう大丈夫やて」
「ほんまに恥ずかしいことせんといてよ。本気で怒るよ」
美咲は電話を切って溜息をついた。
ほんまにもう、わかってるんか、わかってないんか、こっちがわからんようになってくるわ。こんなことを紗英や舞に話したら、「愛されてるやん」とか言われて、冷やかされるに決まってる。あかん、あかん。こんな話、言われへんわ。いや、紗英だけは、「ストーカーやわ」とか言うて、より毛嫌いするわな。やっぱり黙ってよ。美咲はドラマのたわいない話をしてごまかすことに決めた。
六時過ぎに紗英と舞が一緒に来た。
二人ともお泊まりの準備はばっちりというバッグを持ってきた。
「美咲ちゃん、家にあがるで」
「うん。勝手に入って。今、ジャガイモ潰してるから」
「なに作ってんの」
「ポテトサラダ」
「なんか手伝おうか」
「ほな、キュウリとハムを切って」
舞が先に台所へ入ってきた。続いて紗英も入ってくる。
「じゃあ、私が切るから」
「紗英ちゃん、お母さんのエプロンを使って。その椅子にかけてあるやつ」
「料理はお二人に任せて、私はおやつを出すとするか」
「舞ちゃん、なに買ってきてくれたん」
「ポテチ、かりんとう、さきイカなどなど」
「さきイカって、おやじ、入ってるやん」
「これくせになるんよ。私のマイブーム」
美咲と舞の会話を聞きながら、紗英が小気味いい音をさせてキュウリを切っていく。
「紗英ちゃん、料理上手やな」
「私はよくお母さんの手伝いをするから。料理をするのは好きなんよ」
「ええお嫁さんになるわ」
「ありがとう」
「美咲ちゃん、ジュースを冷蔵庫に入れさせて」
「勝手に入れて。あっ、下の野菜室からレタス取って」
「わかった。今日のメニューはなに」
「ポテトサラダとパスタにしようかなと思って。カレーと迷ったけど」
「その方がよかったわ。カレーはちょっと重いからお菓子が食べられへんわ」
「わからんよ。今日は長丁場やから」
「うわぁ、今晩、怖いわ。なぁ紗英ちゃん」
紗英が、うふっふっと笑って返事をした。
テレビドラマを観ながら食事をする。美咲にとっては久しぶりににぎやかな食事となった。
夕食を終え、食器を片付ける。美咲は母の分をラップに包んで食卓に置いた。
美咲の部屋に荷物を運び、順番にお風呂に入ってジャージに着替える。
玄関から音が聞こえたので、美咲が部屋を出て行った。
「遅くなってごめんなさい。夕食は」
「みんなで作って食べたよ。お母さんの分はそこに置いてあるから食べて」
「ありがとう」
「おじゃましてます」
紗英と舞が部屋から出て来てあいさつをした。
「みなさん、ゆっくりしてね。私は夕食をすませたら休ませてもらってもいいかしら」
「自分達でしますから、お母さんはお気遣いなく休んでください」
紗英が丁寧に言って、頭をさげる。
「ほんまや。あたしらで勝手にするから。もしうるさかったらごめんやで」
「じゃあ、みなさん楽しんでね。失礼します」
「美咲ちゃんのお母さん、元気ないね。気のせいかな」
たまに遊びに来る舞が心配をした。
「ちょっと疲れてるだけなんよ。大丈夫やから心配せんといて。ほな、部屋に戻っておしゃべりタイムや」
「朝まで大分時間あるわ」
「ええっ、舞ちゃんそんなにネタあんの」
「別にないけど、あたしらいつもテーマが出たら話が広がるやん。なぁ紗英ちゃん」
紗英がこくりとうなずいた。
三人で部屋へ戻ると、舞が考えた俳句と川柳なるものを披露した。
「風鈴の 音色に乗せて 恋い焦がれ」
「片思い 夜の帷に 恋心」
「夏の夜に 乙女の願い まず一勝」
「青春の 汗を流して いざゆかん」
「跪く 焦がれる人に 涙する」
舞が立て続けに五作を披露して、「変かな」と二人に感想を訊いた。
「舞ちゃん、なんかすごいなあ。聞き心地ええわ。変かなって訊いたけど、全然、変なことないやん。あたしは気に入ったわ」
「もしかして、舞ちゃん、野球部の人に片思いでもしてるの」
「紗英ちゃん、なんでわかったん」
「それはわかるよ。随所に気持ちが入ってるから」
「ああ、ばればれか」
「えっ、なに、舞ちゃん、紗英ちゃん、誰のこと」
「私があててもいい」
紗英が断りを入れた。舞がうなずいて、ごくりと唾を飲み込む。
「三谷君のことでしょ」
「なんでわかるんよ。さすが紗英ちゃん」
「へええっ、ほんまなん。ほんまに舞ちゃん、大輔君のことが好きなん」
舞が顔を赤らめてうなずくと、二人が「きゃあ」と叫んで大騒ぎをする。
「舞ちゃん、いつからなん。いつから好きなん」
「美咲ちゃん、今の聞いてたらわかるよ。去年の夏からやよね」
「やっぱり、紗英ちゃんはすごいわ。全部、図星。ご名答」
「ほんまやな。その分析力はさすがやわ」
「そんなことないよ。普通、普通」
「ふ~ん、そうやったんや。わからんかったわ。で、舞ちゃんは大輔君に告白せえへんの。あっ、そうや。今から大輔君の家に電話する」
「そんなんやめて。かんべんして。今は夏の大会のことで精一杯やから、大会が終わってから告白するって決めてん」
「やるなぁ。やりくさるなぁ」
「やるなぁって、美咲ちゃん、表現エッチやわ」
「あたし、そう言う意味で言うてないで。誤解せんといてよ。もうこっちが顔、赤なってくるわ」
「美咲ちゃん、普通、女の子が『やりくさる』なんて言えへんよ。ねえ舞ちゃん」
「ごめん、ごめん。今の言葉はカットして。そうか夏の大会が終わってからか」
「うん。秋になってからや。待ち遠しいわ」
「青春やなあ。でも舞ちゃん、俳句みたいなこと、いつから始めたんよ」
「私な、俳句甲子園に参加したいって思ってたんやけど、五人一組で引率者もいてやんとあかんのよ。一人では出場できんみたいやから。だから、あのなんとか川柳とかに投稿しようかなと思ってるんやけど。あっ、そうや、あと二人捜して参加せえへん」
「紗英ちゃんならともかく、あたしは無理やわ。体を動かすんが専門やから、頭の方は無理や。二人について行かれへんわ」
「うちの高校には俳句部がないからなあ。やっぱり思いつきは無理かあ。残念やなあ」
舞が沈んだ声であきらめた。
「でも、衝撃的な告白やったな。そうか、舞ちゃんが大輔君か。今度、大輔君を観る目が変わってくるわ」
「うわぁ、美咲ちゃん、絶対に言わんといてよ。ほんまにあかんで。せめて秋まで待ってよ」
「言えへん、言えへん。そんなこと勝手に言えへんよ」
「ほんま、お願いやで。なんかはらはらどきどきするわ」
「大丈夫やて。絶対にあたしからは言うことなんてせんよ」
「安心したわ」
舞がほっとした表情を浮かべて笑みをこぼした。
美咲と紗英も舞の笑みを見て微笑んだ。
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