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第三章「美咲」 5「もう朝まで寝られへんわ」
舞が動揺した気持ちを落ち着かせると、視線を紗英に向けた。
美咲は口元を綻ばせ、舞と同じように視線を送った。
「私のことはもうええけど。紗英ちゃんはどうなんよ。美咲ちゃんはもう亮太君ってわかってるけど、誰か好きな人がいてるん」
「私も好きな人くらいはいてるけど」
「うわぁ、今日は驚きの連発やなあ。もう興奮しすぎて、今日は寝られやんわ。舞ちゃん、もっと訊いて、もっと」
舞がペンを手に持ち、マイクに見立ててインタビューをする。
「山村紗英さん、先ほど好きな人がいると衝撃の告白がありましたが、それは私達が知っている人でしょうか」
紗英がこくりとうなずいた。
「ひえ~、まいったな舞ちゃん。ほんで、舞ちゃん早う訊いて」
美咲が舞の背中を軽く叩いてせかした。舞がこくこくうなずいてインタビューを続けた。
「訊ねる私も興奮していますが、それは誰ですか、はっきりと告白してください」
「ええ、恥ずかしいわ。今日は告白大会ですか」
「そうや。そうや。紗英ちゃん、もう観念しい」
紗英が姿勢を正して正座になった。美咲と舞も同じように姿勢を正した。舞がごくりと唾を飲み込んだ。紗英が口を動かしたけれど、声が小さくて聞き取れなかった。美咲がもう一度聞き返した。紗英が名前を告白した。
「窪塚君。窪塚翔太君」
美咲が反っくり返って驚いた。舞がマイクにしたペンを落とした。
「えっ、どうして。どうしてそんなに驚くの。窪塚君って、そんなに変な人ですか」
「変じゃないけど、あたしはてっきり副生徒会長の石積君やと思ったわ」
美咲の推測に舞が何度もうなずきながら同意した。
「違うよ。石積君って、けっこう細かいこと言うし、命令口調でしゃべるから、どっちかと言えばきらいな方。私、乱暴な人はきらい」
「石積君って、そう言われたらそんな感じかもしれんな。でも、翔太君とは気づかなんだわ」
「私もちょっとびっくりした」
二人の感想を聞いて、紗英は気が沈んだ。内心では、窪塚君は藤崎君の友達だから、美咲ちゃんが一番喜んでくれるものと思い込んでいた。二人が手を取り合って、微笑み合い、抱き合うくらいの同士的な表現や感動を見せてくれると想像した。それが、告白をしてみれば、どちらかと言えば、がっかりされたような印象を受けた。
「そんなに落ち込まないでよ。ちょっと意表を突かれてびっくりしただけやから。確かに翔太君はええ人やで」
紗英は美咲の表現が気に入らなかった。
「確かにって、取って付けたような言い方して」
「ごめん、ごめん。あたしの言い方が悪かったわ。窪塚君はええ人やで。優しいし。真面目やし。友達思いやし。うん。そうやな。紗英ちゃんならええかも」
「どうして美咲ちゃんが許可するような言い方するの」
「許可するとかそんなんちゃうよ。あたしはええかもって言っただけや」
「ちょっと、ちょっと、紗英ちゃん、美咲ちゃん、どうしたんよ二人とも」
「どうして私が窪塚君を好きになったらあかんの」
「好きになったらあかんとか言うてないよ。ちょっとびっくりしただけやんか。なあ舞ちゃん」
急に同意を求められて舞は戸惑った。
「うっ、うん。紗英ちゃんはもっと優秀な人が好きやと思っただけやから」
「優秀ってなに。勉強のこと。私はそんなことで人を好きになったりしてない」
「もうなにを怒ってんのよ。そしたら本音を言うたげるわ」
「美咲ちゃん、本音ってなによ」
「あんたな、亮太のこと好きちゃうやろ」
「私は窪塚君が好きやって言うてるだけで、藤崎君のことは言ってない」
「そう言う意味ちゃうやんか。紗英ちゃんは亮太のことが嫌いやろ。どちらかと言えば軽蔑してるやろ。違う」
「軽蔑まではしてないけど、藤崎君って、いい加減なとこがあるから。こないだのこともあったし」
「それはあたしの問題やんか。あたしがええって言うてるんやから関係ないやろ」
「関係ないけど、私はあんないい加減な人」
「いい加減ちゃう。亮太はいい加減な男ちゃう」
「ちょっと、美咲ちゃん、やめなよ。声が大きいって。おばさんが起きてくるよ」
美咲は口を閉じてしばらく黙り込んだ。
舞が二人にジュースを注いで手渡した。
美咲が一口飲んでしゃべりだした。
「誤解がないように言うとくけど、亮太は、表面は軽く見えるかも知れんけど、心は優しい男やねん。人の悲しみがわかる温かい男やねん。人の気持ちを大切にする男やねん。そこらへんにいてる男よりよっぽど男らしいねん。亮太は愛情がある男やねん。それはあたしが一番よく知ってるんや。伸ちゃん、鷺野君の接し方を観ててもわかるやろ。窪塚君には『翔太』って呼ぶけど、亮太には『亮ちゃん』って親しそうに呼んでるやろ。亮太は人の心に入っていける男やねん。人に対して壁を作らへんねん」
「そこなんよ。窪塚君って、最後のところで心に壁があるように私も思うわ。ある程度までは人を引き入れるとこがあるけど、ある一線でぴしゃっとドアを閉めてるような壁を感じるわ。なんでなん」
「そんなんあたしもわからんよ。翔太君は亮太とコンビを組んでるけど、亮太も知らんと思うわ。コンビを組んでても心の底は打ち明けてない。心の奥の扉は開いてないと思うよ」
「コンビやのにちょっと寂しい話やな。でも窪塚君の壁ってなんやろ」
「なあ。なんやろな。でも舞ちゃんありがとう」
「なにが」
「今、話題を変えてくれたから気持ちが落ちついたわ。紗英ちゃん、さっき言い過ぎた。ごめん」
「私の方こそ、ちょっと否定されたみたいで、傷ついたからかちんときて、私も言い過ぎた。ごめんなさい」
「はあ~、よかった。二人とも本気で怒り出すからびっくりしたわ」
美咲と紗英は舞に謝った。
美咲が話題を変えて問いかけた。
「舞ちゃんの夢は俳句とかの甲子園にでることやろ。あたしは空手の全国大会、空手甲子園に出ることが夢や。紗英ちゃんの夢はなに」
「私の夢って、そんな、二人みたいに具体的なことはないよ」
「あえて言えば、でもええ。具体的でなくてもええ。なんか応援できることを教えて欲しいわ」
「なんでもいい」
「うん。なんでもええ」
「笑わないでよ」
「人の夢を笑えへんよ」
「小さい頃からの夢やけど、私はなんでも話し合える人と結婚したい。互いを尊敬しあえるとか、そんな難しいことと違って、どんな話をしてもバカにせんとちゃんと話を聞いてくれて、私に興味って言うか、気にかけてくれて、サプライズとかそんな贅沢は言えへんから、日常の些細なことでもいいから気遣ってくれるような人と結婚したい」
「一番平凡そうで難しそうやな」
「私もそう思うわ」
「二人ともそう思う。難しいんかなあ。実はな、私のお母さん、いつもお父さんにバカにされてるんよ。『お前はアホやからなあ』とかすぐ言うし。いつも家の主やからって威張ってるし。お母さんは笑ってるけど、私、お父さんみたいな男の人はいやで。それで、蒸し返して悪いけど、藤崎君、前に体育館で美咲ちゃんのことをネタにしたやろ。あれが自分のお父さんを観てるみたいですごくいややったんよ。美咲ちゃんの問題やのに、ごめんね」
「紗英ちゃんは自分のことのように思ってくれたんやろ。もうわかったから気にせんといて。なあ、そうやな舞ちゃん」
「美咲ちゃんの言うとおりや。その話はもうええやん。それより紗英ちゃんは窪塚君に告白はせえへんの」
「私、実は臆病なんよ。今まで男の人に告白したことないし。こんな気持ち初めてやし。
藤崎君は誰か好きな人いてるんやろか。とか気になるし。わからんこと多すぎて怖いわ」
「紗英ちゃんの言うてることなんかわかる気がするわ。美咲ちゃん、なんか知らんの」
「翔太君のことはわからんなぁ。でも、怖がってたら進めへんと思う。それに相手の情報は別にええやん。好きな食べ物とか、好きな歌とか、好きな色とか知りたいって言うならわかるけど、相手に好きな人がいてるって知ったら、簡単にあきらめられるもんかなぁ。誰もいない空席なら告白できるって言うのは、ちょっと違う気がするわ。探りを入れてもしかたないやん。人を好きな気持ちって止まれへんのやし。あたしやったら、まず自分の気持ちを伝えることの方が大事やと思うわ。あっ、また否定したみたいでごめん」
「そんなことない。美咲ちゃんの言うとおりやと思う。自分の知らんことに怖がるよりも、自分の気持ちを伝えることの方が大事やね」
「美咲ちゃんも紗英ちゃんもええこと言うなあ。今日は恋バナ特集の夜や」
舞が自分の言葉に笑い出すと、美咲も紗英も笑い出した。
紗英が美咲の方に体を向けて、ずっと気になっていたことを訊ねた。
「美咲ちゃんは、どうして藤崎君をそんなに好きになったん」
「そこへ話が来ますかぁ。なんや恥ずかしいなあ。話が長くなるで」
紗英と舞が聞く準備はできていると答えた。美咲の提案で蒲団を敷いてから話をすることに決めた。蒲団を敷き終わり、舞を真ん中にして蒲団の中へ入った。
「もう朝まで寝られへんわ」
決意した舞の言葉が、美咲の告白タイムを誘導した。
美咲は昔を思い出しながら語り出した。
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