第一章 「新学期」  2「マンザイでもしてやれ」

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第一章 「新学期」  2「マンザイでもしてやれ」

「いたぁ~」  亮太が寝そべった姿勢で美咲を見上げた。 「痛いのはあたしの心や。なんであたしの立場も考えへんねん」  二人の上半身が写るように、伸一が低い姿勢でシャッターを押した。 「あたしから逃げようなんて、十年早いねん。無駄なことせんとき」 「ごめん。ついね。その」  亮太が謝ったあと、往生際(おうじょうぎわ)悪く言い訳をしようとした。 「だから、ついじゃないでしょ。あんた、いいかげんにしなさいよ。よくもまぁ全校生徒がいる体育館であんなことができたわね。どれだけあたしが恥ずかしかったかわかる」 「ごめんなさい」 「ごめんなさいやないやろ。全校生徒があたしの顔を見て笑ってたんやで」 「もう二度としません」 「当り前や」  美咲が亮太の後頭部を平手で叩いた。ぱしっと小気味いい音が廊下に響く。  亮太が美咲を見上げた姿勢でぽつりと言った。 「でも、自慢したかったんだよ」 「自慢ってなに」  美咲が亮太の言い訳に食いついた。亮太が目を細めた笑顔を美咲に向けて説明した。 「新入生に、こんな僕みたいな男でも、かわいくてきれいな彼女ができることもあるから、青春は楽しいぞ。って伝えたかったんだよ」  怒気を含んでいた美咲の顔がほころんだ。 「かわいくてきれいな彼女。ほんまか。ほんまにそう思てるんか」 「当り前やないか。本気で思ってなかったら、みんなに紹介なんかできるわけないやろ。美咲は僕の自慢や」 「僕の自慢か。そうか。そうやな。うん。ほな許してあげるわ」  美咲の機嫌が直ったところで、亮太がズボンをたはきながら立ち上がった。 「よかったな亮ちゃん」  伸一が亮太の肩に手を置いて安心した。  美咲が眼中になかった伸一に気づいて平行な目線を向けた。 「鷺野君。あんた、前みたいにあたしの変な写真を撮ってないやろね」  伸一が背筋を伸ばし、緊張しながら言い訳をした。 「大丈夫です。今回はちゃんと角度に気をつけましたから」 「あとで確認するからね。ちゃんと見せてよ。写真部だからって、なにを撮ってもええわけとちゃうねんから。変な写真を撮ると犯罪やからね」 「その点は重々承知しております」  美咲がうなずいて(きびす)を返した。亮太と伸一がほっとした瞬間、美咲が振り返った。また叱られると思い込んで、二人がピンと背筋を伸ばして直立不動の姿勢になる。  美咲が少し赤ら顔になって訊いた。 「鷺野君、さっきの話はほんまやな」 「さっきの話って」  伸一が体中に緊張の波を走らせながら訊ね返した。 「だから、自慢って言う話やんか」 「それは本当です。亮ちゃんは美咲ちゃんのことが大好きで、いつも大事に思っています。嘘偽(うそいつわり)りのない言葉です」  伸一が敬礼して美咲に返答した。 「わかった」  すべての怒りを切り捨てた美咲が笑顔を見せた。亮太と伸一が伸びた背中を丸めて安堵した。美咲が背を向けてC組の教室へ向かう。廊下を歩き続ける美咲に学級委員長の山村(やまむら)紗英(さえ)がそばに並んだ。 「美咲ちゃん、ほんとにもういいの」 「ええねん。ええねん。もう気がすんだから」 「だってあんなひどいことをされたのに」 「もうすんだことやから気にせんでええよ」 「美咲ちゃんは心が広いわねえ。私ならあんなことをされたら許さないわよ。どうして藤崎君なの。美咲ちゃんならもっといい彼氏ができても不思議じゃないのに」 「それとこれとは話が別やんか。あたしの気持ちの問題やから気にせんといて」  美咲が紗英を見上げて視線を合わす。美咲の堅い意思が紗英に伝わってくる。  美咲の言葉を言い換えれば、「もうその話はしないで」と言っているのだ。 「まぁそうだけど」  紗英は納得できなかったが口を(つぐ)んだ。    翔太が二人の背中に視線を向けたあと、亮太と伸一に顔を向けた。亮太が腕をさすりながら翔太の前に立つ。翔太が言い訳のように弱い口調で亮太に言った。 「だからあんなネタはよそうって言ったんだよ」  伸一が翔太に目を向けた。 「だよな、翔太。自分の彼女の前で、あのネタは御法度(ごはっと)だよ。いやいやそうじゃないよ。翔太、なにを他人事のような顔をして言ってるんだよ。翔太は相方だろ」 「でもなぁ、亮太がいいって言ったんだよ。あのネタを放り込もうって言うからさ。俺はやめた方がいいと忠告したんだよ。それでも亮太がウケるからって言い張るから」 「ウケるとかスベるとかの問題じゃなかったよね」 「反省してます」  翔太と亮太が声をそろえて謝った。 「僕に謝ってもしょうがないだろ。でも、美咲ちゃんは怒らせると怖いけど、何事も後を引かず、根に持たない、さっぱりした性格だから、いい女だよな。僕もあんな彼女が欲しいな。なっ、翔太」 「確かに。どんなに怒っても、『好きだ』とか『惚れてる』とか『愛されてるよ』とか、亮太の愛情表現や気持ちを聞くと、さっぱり水に流して機嫌良くなるんだから、いい女だと思うよ。亮太にはすぎた彼女だよ。でもなぁ、俺にとっては怒ったときが怖すぎるから、差し引きすると、それはそれでなんとも言えないな」 「彼氏の僕が言うのもなんだけど、美咲はいい女だと思う。『いい女、みさき』って感じだよね」 「ふるっ。それ昭和じゃね」 「さすが翔太のツッコミはさえてるぅ」 「アホかチョロ。今のはツッコミじゃねえよ」 「翔太、ちょっと待ってくれ。いつから僕は『チョロ』っていう愛称になったんだ」 「そうそう。翔ちゃん、どうして伸ちゃんが『チョロ』なの」 「だってこいつ、いつも俺達のそばをチョロチョロしてるじゃねえか」 「もっといい愛称(あいしょう)をつけてくれよ。たとえば『影』とか」 「伸ちゃん、なにそれ」 「僕は二人のそばにいて静かに見ている。そしてその行いは、まるで『影』そのもの。なんか、かっこいいだろ」 「忍者か、お前は。それに愛称は自分でつけるもんじゃねえだろ。それを言うなら自称だろ」 「ふうん。『影』、『忍者』か。それなら根来忍者系かな」 「亮太、変な話を引っ張るんじゃねえよ。このネタはこれ以上広がらない」 「翔ちゃん、ごめん、ごめん」 「それより亮ちゃん、美咲ちゃんの蹴りは大丈夫か」  伸一が亮太の学生服についた靴跡を払いながら気遣った。 「ああ、全然大丈夫。見栄えは派手だけど、ああ見えて美咲は、ちゃんと手加減をしてくれてるから」 「へぇ~。亮ちゃんは、美咲ちゃんが手加減をしてくれたのか、本気なのか、その違いがちゃんとわかるんだ。まるでリアクション芸人みたいな特技だなぁ」 「まあね。僕と美咲は小学校からの幼なじみだからなんでもわかるんだよ。でも怒っていたのは本気だったよ。僕が謝ろうとしたら、顔を見るなり追いかけてきたからね」  亮太が伸一に笑いかける。伸一が二人に質問をした。 「それよりどうして新入生を迎える全校朝会で、二人がマンザイをすることになったんだよ」 「あれは担任の杜やんから、『お前ら先輩として、新入生のために高校生活を楽しめるようなメッセージを込めて、マンザイでもしてやれ』とか言われて、余興(よきょう)気分(きぶん)でマンザイをさせられることになったんだよ。それで急遽(きゅうきょ)ネタを作って披露(ひろう)したの」  翔太が逃れられない事情を説明した。 「杜野(もりの)先生から言われたのか。それで学校生活が楽しめるようにと、恋人ネタになったわけだ。それじゃあしかたがないよな」  伸一が翔太の説明に納得した。 「それでね、翔ちゃんと急いで体育館まで走ってたら、途中の廊下で石積(いしづみ)君に注意をされてさ。まいったよ」 「あいつ、校則、校則って、うるさいんだよ。こっちは先生に言われて急いでいるのにさぁ。頭が固すぎるんだよ」 「そう。そう。だからアルデンテなんだよ。ねえ翔ちゃん」 「翔太、アルデンテってなに、教えてよ」 「パスタで固いのをアルデンテって言うだろ。あいつ、頭が固いだろ」 「それで翔ちゃんのつけたあだ名が、『アルデンテ石積』なんだよね」 「それおもしろいな。アルデンテの固いが性格と名前の二つにかかってる。ウケるぅ」 「それはいいとして、やっぱりまずかったよなぁ」  翔太が反省して思い出した。亮太も顔を廊下へ向けた。  伸一が腕を組むと、翔太と亮太も腕を組んで新入生歓迎のマンザイネタを回想した。
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