第四章 「翔太」 2「俺とコンビを組まないか」

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第四章 「翔太」 2「俺とコンビを組まないか」

 しばらくの間、翔太は亮太と距離を置いた。  距離を置いたと言ってもまったく無視をしているわけではない。亮太が話しかけてくれば、簡潔(かんけつ)な返事をするだけ。今までみたいに冗談を言ったり、ギャグで返したりしないだけである。それ以外は勉強に勤しんだ。  亮太はノリが悪い翔太より、伸一と会話を続ける。 「伸ちゃん、進学校のT高校にアメリカから留学生が来てるんだって」 「ホームステイをしてる交換留学生のことだろ」 「一度話をしてみたいなあ」 「亮ちゃん、英語をしゃべれるのかよ。まさかな」 「英語はしゃべれないけど、訊きたいことがあるんだよ」 「なにを訊きたいの」 「ほら、中学の教科書に、トムとかベンとか出てきたじゃない。だから友達かなとか、どんな人かなとか、話したことがあるかなとか、訊いてみたいんだよ」 「なに考えてんだよ。あれは作りもので、実在の人物じゃないの。よしんば同じ名前でも違う人なの」 「ほんとに」 「それまじで言ってんの。うなずくなよ。一緒にいてる僕が恥ずかしいぜ」 「なんだそうなのか」 「亮ちゃん、ネタをするときより普通の会話の方がおもしろいぜ」 「うわっ、それ言わないで。翔ちゃんに叱られる」 「そんなことより、亮ちゃん、最近マンザイをしてないね」 「うん。なんでもしばらくマンザイから離れて休憩するらしいよ。試験勉強もあるとか言ってたし」 「試験はもう終わったじゃないか。もうマンザイをする気がなくなったんじゃないの。それとも他に相方ができたとか」  亮太が目を()いて驚いた。 「えっ、僕、捨てられるの」 「そんなの知らねえよ。翔太に訊けよ」 「そんな。それほんとだったら怖いよ」  翔太は二人の会話が聞えない振りをして耳を傾けた。  放課後、三人で一緒に帰ることになった。どうも伸一が気を回したらしい。  翔太は伸一の誘いにのった。 「明日は休みだな。翔太はなにするんだ」 「俺は勉強する。最近、親が勉強しろ勉強しろってうるさいからな。しょうがないんだよ」 「大変だな。じゃあ亮ちゃんは」 「僕は、僕は、翔ちゃんが忙しいなら美咲のとこにでも行こうかな」 「なに、美咲ちゃんは翔太の次か」 「そう言うわけじゃないんだけど」  校門を出たところで、堤健太が待ち伏せていた。  健太が翔太へ視線を向ける。翔太は視界に入れながらも健太とは直接目を合わさなかった。  翔太はふと考えた。もし、堤の話に満更でもなさそうな顔をすれば、亮太の刺激になり、もっとやる気を出すかもしれない。一種の起爆剤(きばくざい)だと思い、翔太は健太と目を合わせた。 「おっ、ご両人おそろいで。ちょうどいいや。窪塚君、前に話したこと考えてくれた」 「俺はやる気のあるやつが好きなんだ。相手次第だよ」 「おっ、それなら問題ない。俺は超やる気だぜ」 「なんの話だよ。翔太。こいつ、なにを言ってるんだ」  伸一が話に割り込んだ。 「先日、俺とコンビを組まないかと言ってきたんだよ。俺と甲子園をめざしたいとな」 「まじかよ。翔太、お前、それでなんて答えたんだよ」 「俺はなにも言ってないよ」 「どうしてはっきり断ってやらねえんだよ。お前には亮ちゃんがいるだろ」  伸一がむきになって翔太にからんだ。 「おいおい、こんなところでけんかはよそうぜ。俺と窪塚君の問題なんだから。あっ、そっちの藤崎君もちょっと関係があるか。元コンビだもんな」 「おい、どこの誰だか知らねえけど、勝手なことばかり言ってんなよ。誰が元コンビなんだよ。今もおもいっきりコンビだよ。ちゃんと『翔太・亮太』って言うコンビ名もあるんだからな」 「それなら『翔太・健太』でもいいんじゃないか」 「なに言い出すんだ。アホか。亮ちゃん、なんか言ってやれ。この大バカもんに」 「僕は、翔ちゃんがそれでいいなら」 「お前までなにを言い出すんだよ。翔太、お前がはっきり言ってやれよ。俺の相方は亮ちゃんだって」 「伸ちゃん、もういいから。けんかはやめてくれよ。僕、もう帰るから」  亮太がその場から駆けだして逃げた。 「おい、亮ちゃん、待てよ。おい」  伸一が翔太を振り返ると、翔太は下を向いてなにもしゃべらなかった。 「翔太、これでいいのかよ。おい。なんとか言えよ。くそっ。お前を見損なったよ」  伸一が亮太を追いかけて走り出した。 「ありゃあ、とんだ修羅場(しゅらば)になったね。まぁいいか。話が手っ取り早い。まぁ答えは出たけどな」 「組まねえよ」 「えっ、なんだって」 「組まねえって言ったんだ。俺は亮太以外とは誰とも組む気はない。あいつがマンザイをやめると言うなら、俺も二度とマンザイをしない」 「おいおい、自棄(やけ)になるなよ。窪塚君の才能がもったいないだろ。そんなこと言わずに俺と組んで甲子園をめざそうぜ」 「話は終わった。じゃあな」  翔太は全速力で走り出した。 「おい、待てよ。俺はあきらめないからな。待ってるからな」  健太の声が背中に突き刺さった。声の通るやつだ。真っ直ぐ、はっきりと声が聞えた。  翔太はうらやましい才能だと思った。マイクを通さずにあれだけ声が通る。それも滑舌もいい。それは認める。認めるが、健太と組んでも楽しくはない。それなのに、亮太のやつ、俺から逃げやがった。どうして逃げるんだよ。「相方は僕だ」とどうしてハッキリ言ってくれなかったんだ。翔太はとことんショックを受けて落ち込んだ。
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