第四章 「翔太」 6「俺を笑わせてくれ」

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第四章 「翔太」 6「俺を笑わせてくれ」

 翌朝、堤健太から電話がきた。  電話の向こう側から陽気な声が聞えた。 「どうですか、元気ですか。心の声は伝わっていますか。あなたとマンザイがしたい」 「なにをバッタモンのシンガーみたいなこと言ってんだよ」 「いいねえ、そのツッコミ。俺達テンポ良くしゃべってるじゃん」 「なにを言ってんだ。用がなければきるぞ」 「そんな殺生(せっしょう)なこと言わんといて。これだけ恋い()がれているのに」 「まだ友達でもないだろ」 「いやいや、コンビと言えば恋人も同然でしょ。男と女の関係にも似てるじゃない。たとえば横から変なやつが現れたとして、経緯(けいい)はどうあれ、引いた方が負けでしょ。それだけの思いしかなかったと言うことでしょ。違う」 「そう思うならそう思っていればいい。必ずどちらかを選ばなきゃならない選択じゃない。思う相手がダメなら一人がいいという判断もある。俺はお前を知らない。知ったところで、友達にはなれてもコンビを組む気はない。それが結論だ」 「じゃあ、今年のマンザイ甲子園には挑戦しないのか。君は去年のままでいいのか。リベンジしないのか。あんな(みじ)めな終り方でいいのか」 「お前、俺達のことを知っているのか」 「君のことを知らずに誘ったりはしないよ。俺は去年あの場所にいたんだ」 「じゃあ、どうしてコンビを変える。去年の相方と出場すればいいだろ」 「熱意がないやつとはコンビを組まない。君もそう思うだろ。俺は真剣に、マンザイにかけているんだ。だから俺と同じ思いでいる君を選んだ。話で聞いたけど、最近、君達(きみたち)うまくいってないんだろ。俺が原因ってこともあるけど、結局は相方が逃げたんだろ。マンザイを高校の想い出くらいにしか思っていなかったってことでしょ。でも俺は違う。俺はその先まで夢を見ているんだ。だから君なんだ。君も同じ思いだろ。違う」 「マンザイへの思いは同じでも、俺は、誰かとじゃないんだ。亮太と笑っていたいんだ。亮太といると一番楽しいんだ。亮太がいやならそれはそれでしかたがない。こればっかりは尻を叩いて無理強(むりじ)いするわけにはいかないからな」 「うらやましいね。それだけ思われてる相方がいるとは。その気持ちを亮太君にぶつけたことがあるのかい。なければ、あきらめるのはぶつけてからにしろよ。そうしなければ後悔するぜ。それから俺の話を断ったこと、いつか後悔するほど二人を笑わせてやるよ。だから必ずマンザイ甲子園に出場しろよ。俺と勝負だ。じゃあな。また」 「じゃあな」  翔太は電話を切って静かに部屋へ戻った。    二時過ぎになって、翔太は七海ちゃんの墓参りに出かけた。  翔太は七海ちゃんの墓の前で線香に火を点け、手を合わせた。しばらくしてから目を開けて、その場で立ち上がった。大きく深呼吸をして、一人でネタを始めた。  翔太は墓の周りを再度確認して、枯れた花とゴミを持って家路へと向かった。  橋の土手まで来ると、竜二と出会した。 「おう、窪塚、こんなところでなにしてんだよ」 「別に、なにってことじゃないけど、ちょっと。それで神田君は」 「俺は野暮用(やぼよう)でちょっとな。手が汚れちまったけどよ。それより窪塚、俺はしばらくマンザイから離れろとは言ったが、コンビを解散しろとまでは言ってないぞ」 「うん。それはそうなんだけど」 「だけどなんだよ」 「うん。まあ、ちょっと」 「歯切れの悪いやつだな。お前、腹が据わってるわりには、ずうずうしくはないんだな。人間、時にはずうずうしく腹の底を打ち明けることも必要なんじゃねぇの。俺はこうしたいってよ。人間なんてものはよ、気持ちがわかるだろうって思ってちゃあダメなんだよ。ちゃんと言葉で伝えてやらねぇとよ。ましてやお前らは漫才師をめざしてんだろ。言葉で相手に伝える仕事なのに、心の中で悩んでんじゃねぇよ。誰も人の心なんてわからねぇんだからよ」 「それはわかってるよ」 「だったら、頭の中で考えねぇで、ここ、ここにある心に思うことをちゃんと言葉にして行動に移せよ。俺の言ってること間違ってるか」 「間違ってないよ。神田君が言ってくれることは、いつもそのとおりだと思う」 「相手のことを気遣って考えるよりも、俺はこうしたいって、わがままを言えよ。それくらいしてもいいだろ。お前ら、つき合いが長いんだからよ」 「亮太と会ったのか」 「ああ、さっきまでそこの土手で一緒だったよ。見なかったか」 「いや、見てない。会ってないよ」 「そうか。まあいいけどよ。それより、お前、マンザイ甲子園に出場しねえのか」 「う、うん。今、考えてるけど」 「早くしろよ。もうすぐ参加のエントリーをしなきゃいけないんだろ」 「しかし、よく知ってるなあ。あっ、そうだ。去年、見に来てくれてたんだよね」 「ばれたか。まあな。こう言っちゃなんだが、俺はお前達のファン第一号だからよ。またおもしろいマンザイを観せてくれよ。俺を笑わせてくれ。そこんとこよろしく。じゃあまたな」  竜二が背を向けて走り出すと、すぐに立ち止まって振り返った。 「あっ、そうだ。窪塚、一度くらい亮太の話を聞いてやれよ。あいつ、お前に恋い焦がれてるぜ」  竜二が笑いながら去って行った。 「ありがと」  翔太は届かない言葉を小さく口にした。    翔太は家に帰り、取り寄せたパンフレットを手にして、もう一度、エントリー資格を確認をした。  日本の高校生。年齢。性別。国籍は不問。各地区予選大会会場にて受付。開催日の一週間前まで、先着四十組のエントリー受付。  翔太は深呼吸をして、専用エントリー用紙に代表者として自分の名前を書き込んだ。  コンビ名は決まっている。  次に生年月日、出身地、学校名、代表者として必要なことを明記した。  地区予選大会参加希望店舗のところで。実施日・会場を確かめる。  俺達の出身地には、主催者となる大規模店がまだ完成していないので、地区予選大会の会場が設けられてない。一番近い会場をさがす。地区予選大会、エリアは近畿。都道府県は大阪。会場となる住所と最寄りの駅を確認する。  実施日は七月の第二土曜日だ。  翔太は各項目を確認したうえで、地区予選大会参加希望会場を記載する。  過去の出場のところで手が止まった。「有・無」を見て、「有」に丸印をするとき、若干力が入った。翔太は最後まで書き込んで、再度記入ミスがないか確認をした。各項目について、翔太は声を出してチェックした。最後まで読み終えると、翔太は机の上に専用エントリー用紙を置いた。次に封筒を取り出し、エントリー用紙送付先を記載した。  さて、エントリーをするには、一つ問題があった。 「胸から上の写真を同封の上」と記載している。  しまった。亮太の写真は持ってない。どうしよう。伸一にでも頼むか。いや、伸一に頼めば、すぐに亮太の耳に入る。亮太の知らないところで物事が進んでいたと知れば、亮太はまたいやな思いをするだろう。これは順序が違う。亮太の意思を無視したことになる。これじゃあ、出場どころではない。さらなる亀裂(きれつ)が二人の間に生じるだろう。解散が決定的になる。やはり、亮太と話をしてからになる。翔太はゆっくり息を吸い込んで大きく深呼吸をした。先着四十名が気になった。間に合うだろうか。翔太は両手を膝の上について、封筒を(なが)めた。しばらくして、引き出しの中へ専用エントリー用紙と封筒を入れた。
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