第四章 「翔太」 7「どんな人だって、笑っているときが一番いい顔をしてる」

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第四章 「翔太」 7「どんな人だって、笑っているときが一番いい顔をしてる」

 夜になって予期せぬ訪問者が来た。  翔太は玄関口から顔を覗かすと、亮太がそわそわしながら立っていた。 「夜に訪ねてきて悪いんだけど、ちょっと話したいことがあって」 「いいよ。部屋にあがれよ」  翔太は微かな笑みを見せた。  亮太は遠慮をしているのか、家の中へ入ろうとしない。翔太はビーチサンダルを履いて外へ出た。翔太は亮太の正面に立った。亮太が話し出さないので、翔太から口火を切った。 「なんか久しぶりって感じだな」  亮太はうんと言って下を向く。翔太は続けて亮太に伝えた。 「話しに来てくれたんだろ。なんでも聞くよ。だから亮太の思っていることを隠さずに、正直に話してくれ」 「僕さ、いつも翔ちゃんにおんぶにだっこで迷惑ばかりかけてたから、申し訳なくて」 「誰も迷惑だなんて思ってないよ」 「うん。それでもいつもネタを考えてくれてたのは翔ちゃんだし。それなのにちゃんと覚えられるように練習もしてなくて、噛んでばかりで、ネタを忘れて失敗もするし」 「そんな話は、あっ、ごめん。亮太、続けてくれ」 「うん。最近、母ちゃんのこととか、美咲のことで心配事が多くて、マンザイに気が入らなかった」 「それはみんな生きていると、いろいろ事情があるからしかたがないよ。俺に気遣いがなかったし。なにかあるんだったら、一人で抱え込まないで言ってくれれば、俺もうれしいけど」 「もう問題事は解決したから大丈夫なんだ」 「そうか。なにも知らなかったけど、それを聞いて安心したよ」 「翔ちゃんに心配をさせたくなかったから、美咲の件は黙っててごめん。それでいろいろいやな思いをさせてたかもしれないと思って」 「亮太、俺はさあ、亮太と話をしてるときが一番楽しいってわかったんだ。亮太と一緒にいるときがうれしいことなんだと気づいたんだ。俺は亮太といると笑えるんだよ」  亮太が顔をあげて翔太の目を見た。 「ありがと。そんなに言ってくれると僕もうれしい」 「それが亮太の言いたかったことか」 「それもあるけど、僕、思ったんだけど、あの、男だって、女だって、子どもだって、大人だって、お年寄りだって、どんな人だって、笑っているときが一番いい顔をしてると思った。マンザイをして、その人の一番いい顔に出会える僕達は幸せだと思った。それで気づいたことなんだけど、笑顔って反射して、見てる人にも笑顔にしちゃう。お笑いって、すごい力があるんだと思った。だから僕はお笑いが好きなんだ。僕は母ちゃんと美咲を笑わせたくてマンザイをしてるのかな、とか思ったりして。でも、あの、翔ちゃんがピンでするって言うなら、僕はじゃましない。僕は心から翔ちゃんを応援するから」 「亮太、なにを言ってるんだよ。俺はピンでするなんて一度も言ってないぜ。さっきも言ったろ。亮太といるときが一番楽しいって」 「でも、あっ、ううん。なんでもない」 「なんだよ。言いかけてやめるなよ。今日は全部話してくれ」 「あの、今日、土手で竜ちゃんとばったり会って言われたんだけど」 「ああ、俺も会ったよ。なにか言われたのか」 「コンビなら言いたいことは言え。ちゃんと伝えろって」 「それなら俺も言われたよ」 「だから翔ちゃんともう一度コンビを組んでマンザイをしたい」 「おいおい、俺達はいつコンビを解散したんだ。そんなつもりはなかったぜ」 「じゃあ、また一緒に」 「ああ、亮太と一緒にマンザイをやりたいよ」 「ありがと」 「俺こそ、ありがとうだよ」  翔太が礼を言い終わるとき、亮太が服のポケットから紙切れを差し出した。 「これ、翔ちゃんに」 「なにこれ」 「翔ちゃんにプレゼントしようと思って」  翔太が四つ折りにした紙を開いた。緑色の物が目に映った。 「ん。なに、草」  翔太の不可解な声に、亮太が説明をつけ足した。 「それ、四つ葉のクローバーなんだ。幸せがやってくる」 「四つ葉のクローバーって、乙女か!」  翔太がツッコミを入れながら大声で笑った。亮太がどきっとして姿勢を変えた。 「いやいやいや、股は閉じなくていい」  翔太が腹を押さえて笑う。亮太が心配顔で謝った。 「ごめん。迷惑だった」 「迷惑とかそういう問題じゃなくて、どこでこれを探したんだ」 「土手で、竜ちゃんにも手伝ってもらって一緒に探した」 「手が汚れた」と神田君が言ったことを翔太は思い出した。 「あいつ、そんなこともするのか。ますますわからなくなってきた。でも通じた。意味がわかったよ。それより、折角だけど、これは俺よりも美咲ちゃんにプレゼントしろよ」 「でも幸せがやって来るって聞いたから」 「これは女の子にプレゼントした方が喜ばれる。だからこれは美咲ちゃんにプレゼントしろよ。俺には別の物をくれないか。ほしい物があるんだ」 「なにがほしいの」 「亮太の胸から上の写真がほしいんだ。マンザイ甲子園にエントリーをするために同封しなきゃならないから」 「ほんとに。わかった。これから伸ちゃん家に行って撮ってもらう」  亮太がくるっと背を向けて自転車に乗った。翔太が亮太に声をかけた。 「亮太、写真は明日でもいいから、美咲ちゃんに四つ葉のクローバーを手渡す方が先じゃないか」 「わかった。翔ちゃん、ありがと。じゃあまた明日」  亮太の笑顔を見て、翔太が手を挙げてにっこり笑った。  亮太が自転車を立ちこぎして軽快に帰った。  翔太は引き出しから専用エントリー用紙を手に取り、わくわくしながら眺めた。    月曜日、翔太が教室に入ると、「おはよう」とあっちこっちから声が飛んできた。  翔太も元気よく声を出してあいさつを交した。  翔太が席に座ると、伸一がかばんからデジタルカメラを取り出し、教室の壁をバックにして、同封する亮太の写真を撮影した。二人の写真も撮影した。理由を知らないクラスメイトが、「記念写真か」、「想い出写真か」、「卒業写真か」などと意味のわからない言葉まで発しながら、教室のうしろに集まってきた。  伸一が得意満面の顔でシャッターを押した。
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