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第五章 「伸一」 2「僕の持ってないものを沢山もってるから」
伸一にはつけ足して伝えたいことがあった。
「輝けるものを感じて、さらに素材の良さを引き出す才能は僕の力だ」と言いたかったが、今日の亮ちゃんは他人から自慢的で自信を持った発言を聞かされると、また気持ちが委縮してしまうかもしれない。逆戻りだけはさけたい。と伸一は考え、自慢話は控えた。
亮太が目に力を取り戻して伸一をほめた。
「伸ちゃんはそんなことも考えてたんだね。すごいなぁ」
「亮ちゃんは僕よりすごいよ。僕の持ってないものを沢山もってるから」
「沢山って、なに」
「それは今後考えてから言うよ」
「なにそれ。あとで考えるの」
伸一は本心を隠して笑った。
高校生ともなれば、恋の一つや二つ、胸の中に抱くのは普通だ。伸一は美咲ちゃんに思いを寄せた時期もあった。いや、今でも美咲ちゃんを見ていると、眩しいくらいに輝いて見えるときがある。しかし、美咲ちゃんの視線の先には親友と言える亮ちゃんがいる。美咲ちゃんが亮ちゃんを愛しているのは、やはり亮ちゃんの人間性そのものだと思う。亮ちゃんがいるからこそ美咲ちゃんは心を和ませる。学力ではない。スポーツでもない。特技や知識でもない。人間亮太に美咲ちゃんは愛しい気持ちを抱いている。美咲ちゃんに亮ちゃんの好きなところは、と訊ねれば、顔、頭、スタイル、性格、面白さ、などと部分的な答えは返ってこないだろう。
亮ちゃんの存在。
そう、亮ちゃんの存在そのものが好きなんだと、美咲ちゃんは答えるに違いない。そんな思いを持つ女性に恋をしても、自分が入る余地など、どこにも存在しない。美咲ちゃんの明るさの根源は、輝かせている根拠は、亮ちゃんそのものだ。
伸一は二人の関係をとてもうらやましく思う。だからこそ自分が恋い焦がれて失恋した相手が美咲ちゃんだとは、口が裂けても亮ちゃんには言えなかった。もし、そんなことをカミングアウトしたならば、心優しい亮ちゃんのことだ。身を引くことはないにしても、僕から距離をおくことになるだろう。もし言えるときが来るとしたなら、それは互いが家庭を持ち、大人になってからだ。
伸一は亮太に悟られないように振舞いながら話題を変えた。
「僕が今、興味を持っているのはもう一人いるんだ」
伸一は写真を捲りながら言った。亮太が身を乗り出して写真を見ている。
「それはこの人物だ」
伸一は一枚の写真を亮太の前に置いた。
「誰、どこに写ってる人」
亮太がきょろきょろして、写真の上下左右に目をすべらせる。
「この角に写っている人だ」
亮太が写真を手にとって目を近づけた。
「これ、竜ちゃんじゃないの」
「そう神田竜二だ。得体の知れない男だな。本人がいないから偉そうに言ってるけど。神田竜二はとんでもない男として噂が流れている。でも、僕にはどうしてもそんな男だとは思えないんだ。それは亮ちゃんとの関わり合い方を見てもわかる。なんて言うか、人間的に大きなものを持っているような気がするんだよ。たとえば、こんな田舎で燻っているような男じゃない。って言うような感じ。わかる」
「うん。竜ちゃんはいい人だよ」
「そこなんだよ。人に威圧感を与える男が、亮ちゃんには『いい人』と言わせるとこがミステリアスなんだよ。だから僕は神田竜二のことを知りたいなと、今は興味を抱いているんだ」
「難しいことはわからないけど、でも竜ちゃんはいい人だよ」
伸一は亮太の断言に合わせてうなずいた。
「いい人だと思う」ではなく「いい人だよ」と言い切る真意を、亮太の感性ではなく、事実の積み重ねで知りたいと伸一は思った。
伸一と亮太は写真を見ながら、想い出を語り明した。
亮太が家に帰るとき、伸一は亮太と約束をした。
「僕、近々翔太に会いに行くから、亮ちゃんも会いに行けよ。案外、翔太は待っているかもしれないぞ。とにかく亮ちゃんの思うことを全部吐き出して伝えてこいよ。でないとこのままじゃ、宙ぶらりんで翔太もかわいそうだろ。気持ちをはっきりさせる方が、すっきりして次が見えてくるんじゃないの」
亮太が理解を示して家に帰った。
伸一は写真を片付けながら、我ながらいいことを言ったと満足感を胸にした。
伸一は思い出して、三枚の写真を封筒に入れた。
これを見て翔太がなにも感じなければどうしようもない。あとは亮ちゃんがぶつかってどうなるか、神のみぞ知るだ。
伸一はさらに思い返した。
翔太に写真を手渡した翌日、伸一は翔太を橋の近くで見かけた。
伸一は距離をおいて尾行した。翔太がお寺の方へ向かった。翔太が自転車を置いて、新聞紙に巻いた花を抱えて山の方へ向かった。伸一は姿が見えなくなるまで時間を待って、翔太の進んだ山道を歩いた。山道を登り切るとお寺が見えてきた。
翔太がお坊さんと話をしている。話を終えた翔太が墓の方へ歩いていく。
伸一は翔太の後方へ回った。翔太が墓の花を入れかえている。
伸一が翔太に意識を取られていると誰かに肩を叩かれた。ひっと叫びそうになったとき、大きな手で口を塞がれた。肉厚のある手から力強さが顎まで包まれた。目だけを動かして確かめると、竜二と亮太が目に映った。
「声を出すな」
伸一は顎を動かして了解の意思を伝えた。大きな手が口と顎を解放する。
「なんで」
竜二がしっと指を一本立てて注意してから小声で説明を始めた。
「ここには窪塚の親戚の墓がある。去年、女の子が亡くなった。あいつ、この一年間は毎月欠かさず墓参りをしているようだ」
「なんでそんなこと知ってるん」
「黙って見とれ」
翔太が墓掃除を済ませ、線香を立て、墓前で手を合わせた。
しばらくして翔太は墓前で立ち上がり、一人でマンザイを始めた。
ボケとツッコミを一人二役こなしてネタを進める。
「えっ、翔ちゃん、ピンでやる気なんか」
「亮ちゃん、そんなわけないで」
「でも、一人で」
「お前らうるさい。静かに見とれ」
翔太が墓に向かって頭をさげた。それからまたしゃがみ込んだ。
「おい、もう帰るぞ」
竜二に言われて、伸一と亮太は竜二のあとをついて山道を下りた。橋のところまで来ると、竜二と亮太が土手の方へ向かった。伸一はその場でわかれて家に帰った。
こんな狭い町だ。もしかしたらお母ちゃんがなにか知ってるかもと思って訊いた。
「お母ちゃん、窪塚君のとこ、誰か小さい子、亡くなったんか」
「去年の夏にな、親戚の女の子が病気で亡くなったらしいわ。まだ小さい子やのにかわいそうになあ。親御さんも随分悲しんだと思うわ。お前、なんでそんなこと知ってるんよ。窪塚君に聞いたんか」
「いや、神田君に聞いたんや」
「そうか。神田君のお母さん、病院で看護師してるからかもね」
だから竜二は知ってたのか。なるほど。納得。
「お前、神田君と仲がええんか」
「いや、そんなんとちゃうよ。あいさつ程度に立ち話をしただけや。なんで」
「別に。それやったらええけど」
伸一は首を傾げながら部屋に入った。
どうして僕と神田君が、友達かどうか、なんて気になるんやろ。まあええわ。
伸一はしばらく仮眠を取った。
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