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第一章 「新学期」 4「あれはいじめだね」
K高校は自然に恵まれた環境に位置している。
校舎の三階から地域を見渡せば、山、川、田畑の景色がいやでも目に飛び込んでくる。
南側には住宅が並んでいるけど、住宅を越えた先には田畑があり、東側から西側に向かってT川が流れている。
西側には田畑が広がり、民家の後方には山がそびえ立つ。
西側から北側にかけては、山がぐるりと半円を描くように地域を取り囲んでいる。
北側は校舎の裏側になる。校舎裏の山では林業科や畜産科の生徒が実習をしている。
この地域をたまに訪れて景色を眺めれば、自然に囲まれたすばらしい環境だと感想を持つ人もいるだろう。
しかし、毎日同じ景色に囲まれた者にとっては、見慣れすぎて、新たな感動を持つことはない。自然を満喫すると言うよりも、ただなんとなく、ぼんやりと眺める視界としか言いようがない。
午前中の授業が終了し、クラスの者は部活の準備をしたり、帰宅部はさっさと教室を出て行く。亮太は窓際の席で、机の左側にお腹を乗せ、顔だけを窓に向けた。
「亮太、だらだらしてねえぜ、パンでも食べとけよ。飯抜きで練習に行くと、あとで腹が減るぞ。ほら」
「ありがと翔ちゃん。いくらだった」
「イチゴジャムパンとイチゴミルクのパックジュースで二百円だ」
「さすが翔ちゃん。僕の好みを知ってるねぇ」
「長いつき合いだからな。亮太の極端なイチゴ好きくらいわかるよ。あとお祭りのたこ焼きとリンゴ飴のこともな」
「さすが翔ちゃん、いい奥さんになれるよ。あっ、じゃあ美咲と三角関係になるかな」
「ならねえよ。アホなこと言うてんと、早く食べろよ。もう時間がねえから」
「そうだね。みんなを待たすとまた怒られるよね」
パンを食べ終えた頃、畜産科の青沼幹生が教室に顔を出した。
「おい、お前ら、今日のことはわかってるだろうな。場所は駅近くの神社の裏山じゃなく、山の方の場所だからな。絶対に間違えるなよ。叱られるのは俺なんだからよ」
怒り気味に伝言をすますと、青沼がさっさと教室を出て行った。
亮太と翔太が青沼を目で見送ると、かばんを手にして席を立った。
三谷大輔がユニホーム姿で教室に戻って来た。三谷は野球部のキャプテンをしている。
野球部の三年生が入学した頃、地域でも有望な選手が集まった。と噂が広まった。
野球好きの教頭は、今年こそは甲子園に行ける。と期待を膨らませている。
大輔は周りの期待が大きくとも、プレッシャーをはねのけ、黙々と練習に励んでいる。
精神的にタフな男で、仲間にも目を配れる。人間としてもいい男だ。
「なんだお前らまだいたのか。もしかして、あいつらにいじめられてんのか。なんだったら俺が竜二に話をしてやろうか。竜二とは幼なじみで知らねえ仲じゃねぇし。あいつ、中学までは野球部にいたからよ。それに高校に入学する時、俺たちはこの町に引っ越してきた仲だしな。まぁいろいろあったけど、話ができねえやつじゃないから」
「そんなんじゃないよ。練習だから。無理矢理やらされてるわけじゃない」
翔太が真顔で大輔に説明をした。
「竜ちゃん、そんなに悪い人じゃないよ。僕、知ってるから」
「ははっ。『竜ちゃん』か。亮太はおもしれえな。この辺りで神田竜二のことを『竜ちゃん』なんて気安く呼べるやつなんて他にいねえぞ。そうか『悪いやつじゃない』か。まっ、そう思ってんならいいけどよ。なにかあればいつでも相談しろよ。じゃあ俺、部活行っから」
「がんばれよ」
二人が返事の代わりにはげました。三谷大輔が手を上げて教室を出た。
翔太と亮太が呼び出された山は実習地ではない。今日の場所は西側の駅までの帰り道で山道に入り、みかん畑を通りすぎて登り切ったところに呼び出された場所がある。
翔太と亮太が校舎を出て農道を歩く。帰宅部の学生が自転車で追い越していく。同級生が通りすぎれば手を振ってあいさつをする。山道にさしかかるところで誰かがついて来ることに気がついた。翔太が声をかけた。
「チョロ、なについてきてんだよ」
「いや。ちょっとお前らの練習風景をだな、ばっちり撮ろう思ってさ」
「そんなことしてあいつらに見つかると、しばかれるぞ」
「それは大丈夫。今日は望遠レンズを持ってるから、離れた場所からでも大丈夫。それに僕は、別名『影』だから。誰にも気づかれません。なにかあれば証拠にもなるし」
「おいおい、俺達はいじめられてるわけじゃねえんだぞ」
翔太は誤解がないように念を押した。
「そうそう。去年とは大違いだから」
亮太が顔中に笑みを浮かべてつけ足した。
「あはははっ。あれはウケるぅ」
伸一が手を叩きながら笑い出した。
「伸ちゃん、知ってるの」
亮太がびっくりしながら訊ねた。
「みくびっちゃあいけねえぜ。あっしゃあ、こう見えても」
「伸ちゃんにしか見えないけど」
「亮ちゃん、変なちゃちゃを入れるなよ。話が中断するだろ」
伸一が亮太に注意をした。
亮太が話の続きをどうぞと言ってるように手のひらをさしだして、前後に動かした。
「こう見えても『影』と言われている男だ」
「前置きがなげえよ」
翔太が伸一の頭を軽く叩いてツッコミを入れた。
「わかった。わかった。要はお前達が木に吊されて、マンザイをしてた姿をこのカメラで撮ったの」
「チョロ、ほんとに撮ったのか」
「当り前やん。あんなシャッターチャンスはそうそうないからな。いざとなったら証拠写真として、先生にばらすこともできるしな」
「お前、怖いな」
伸一がにっと笑ってVサインを見せた。
「あんときね、僕と翔ちゃんの目線が平行になって不思議な感じだったよ」
「吊されて下になる頭が並んだだけじゃねえか」
「それにさあ、ツッコミで互いの胸を叩くと、叩いた勢いで体がぐるぐる回るから変な感じなんだよ。メリーゴーランドってこんな気持ちなんかな、とか想像しちゃうと笑えてきちゃったよ」
「機械の気持ちかよ。亮太、なにをバカなこと言ってんだよ。それにお前、あのとき鼻血を出したじゃないか」
翔太が言ったあと、伸一が最終判断を下した。
「あれは、いじめだね」
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