第一章「新学期」 5「今年こそは、リベンジだ」

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第一章「新学期」 5「今年こそは、リベンジだ」

 山道に入ると道幅が狭くなり、翔太、亮太、伸一の順番で登っていく。  翔太は去年のことを、ちょうど一年前のことを思い出した。  去年の今頃は、二年生では畜産科の日置政孝が学年をまとめていた。次期ヘッド候補とまで噂された男だ。バイクの暴走やけんかで謹慎もくらったことがある。かろうじて留年はしなかったものの、押しも押されぬ悪と言えるだろう。  ヘッドの交代式には現ヘッドと次期ヘッドのタイマン勝負が「掟」だ。  勝負は勝ち負けではない。現ヘッドにどれだけ向かっていけるのか、根性を試す儀式だ。  日置(ひき)政孝(まさたか)が当時のヘッドとタイマンを張ったにもかかわらず、結果的には神田竜二が次期ヘッドに指名された。噂では日置政孝はタイマンこそ張ったけれど、圧倒的な強さでぼこぼこにされたらしい。あまりにも力の差が歴然としていたので、これじゃあヘッドを任されないとの判断かもしれない。そこで二年の頃から仲間というより、少し距離を置いた形で不良仲間と連んでいた神田竜二に矛先(ほこさき)が向いた。竜二は最初断ったらしいが、現ヘッドの説得でしかたなく承諾したという。二人の会話がどういう内容なのかは、誰一人として知る者はいない。一説には、竜二の兄が伝説的な初代のヘッドで、今では社会的に怖い人との噂が流れている。二代目ヘッドは竜二の兄を尊敬していたらしい。高校生と言ってもしがらみがあるのかもしれない。昨年、日置寄りの仲間が、竜二指名に異議を唱えたらしいが、二代目ヘッドのひと睨みで表立った反論は消沈した。  ヘッドの話はさておき、翔太と亮太が不良達にからまれ始めたのは、二年生になってからだ。  二人が廊下や教室でマンザイをしていると、「なんかおもしろいやつらがいるぞ」と不良達に目をつけられた。不良達に囲まれて山へ連れて行かれる。連れて行かれた場所には日置政孝が待ち構えていた。「ほら、早くなんかやれ」、「笑わせろよ」と冷やかされながら小石をぶつけられる。びくびくしながらネタを披露しても面白味に欠ける。「つまんねえな」と判断されると、「罰ゲームだ」、「お仕置きだ」とか言われて、ひどい目にあう。その最たるものが逆さ吊し上げマンザイだ。 「おもしろくないマンザイだから、逆さまにすればおもしろくなるんじゃねえか」と、なんとも強引で乱暴な発想からくるものだ。くるくる回る二人の姿を見て、大笑いしながらツッコミを入れる。「なんだ風鈴かよ」、「綿菓子じゃねえって」、「洗濯機もビックリだな」、「あははははっ」と不良達に一番ウケた出来事である。  不良達から完全になめられた二人は、罵声を浴びながらマンザイをしなければならない過酷(かこく)な状況に追い込まれた。ときには棒をいきなり手渡されてモノボケを強要される。「バット」や「釣り竿」などとさえないボケすれば、「はぁ~い。ケツバット。お仕置き、お仕置き。罰ゲーム」とリズムに合わせて言われ、本気で尻を叩かれる。  二人の状況が変わったのは、夏休み前のある日のことだ。  突然、不良達の後方から怒りの声が聞こえた。 「お前ら、真剣にマンザイをやってみろや」  それまで冷やかしていた不良達も一瞬で静まるような迫力があった。  翔太と亮太が声のした方へ目を向けると、神田竜二が切り株に座って二人を睨んだ。  不良達の後頭部がぴくりとも動かない。  亮太があっと声をあげた。声が聞こえたのか、竜二はさらに強く(にら)んだ。翔太と亮太が息を呑んだ。不良達も声一つあげない。じっとその場の成り行きを見定めた。 「ほら、やってみろよ。もう恥はかきたくねえだろ」  翔太と亮太は夏の高校生マンザイ甲子園に向けて作ったネタを披露した。  ネタの後半に入ると、不良の半数だが笑い声も聞こえた。  日置政孝の周りだけはずっと不機嫌な顔で睨んだままだ。 「もうやってられんわ」と翔太が言って、「どうもありがとうございます」と二人で頭をさげた。 「やればできるじゃねえか」  竜二がマンザイの感想を言って手招きをした。二人が呼び寄せられて竜二の前に立った。竜二が二人を不良達に向き合わせ、親しそうに二人の肩に腕を回すと忠告をした。 「こいつらは俺があずからせてもらう」  日置政孝が竜二の前に立ち、怖い顔つきで反論した。 「なにを勝手なこと言ってんだ。こいつらは俺達のおもちゃだ」 「おもちゃじゃねえよ。漫才師だ。それにヘッドはこのことを知っているのか。ヘッドの言いつけは知ってるよな。『自分の高校は守れ』と言ってることだ。それは俺達の掟だよな」 「マンザイを観ちゃあいけねえのかよ」 「それなら冷やかし半分でじゃましてねえぜ、ちゃんとしたマンザイを観ようぜ」 「竜二、ちょっと調子こいてねえか」 「調子じゃねえよ。提言だ。意見だよ。でも願い事じゃねえ。願い事をしろと言うのなら、ヘッドに伝えることになる。それでもいいのか。なっ、日置、それでいいだろ」  ヘッドの事が出た途端に不良達は意気消沈した。 「わかったよ。連れて行け」 「ありがとよ」  竜二に背中を押されながらその場を離れた。  翔太は俯いたまま歩を進める。亮太は目を輝かせて、何度もうしろを振り返って竜二を見た。    あの出来事以来、二人は不良達の前で普通にマンザイができるようになった。しかし、スベったときやおもしろくないときは、容赦(ようしゃ)なく罵声(ばせい)がとんだ。 「つまんねえマンザイだな」とはっきりダメ出しをされたこともある。だが罰ゲームという名のお仕置きやいじめはなくなった。  亮太が翔太の背中に手を置いて話し出した。 「ねえねえ、翔ちゃん、今年もあの二人、参加するのかな」 「あの二人」 「ほら、なんて言ったっけ。あの、そうだ。『オタンコナッシシング』の女性コンビ」 「順番が俺達の前だった、『みっちゃんとなっちゃん』のことだろ。覚えてるよ」 「あのコンビも二年生だって言ってたよね」 「そうだな。彼氏ができたり、解散してなきゃ、また参加するかもな」 「野球だけが甲子園じゃない。めざせ我らの甲子園。がんばろう」  翔太は脳天気にはしゃぐ亮太を見つめながらぐっと奥歯を噛み締めた。  翔太は去年の夏に参加した高校生マンザイ甲子園のことを思い出した。  確かに『オタンコナッシシング』はおもしろかった。  おたんこなすとブスを引っかけて、ブスの自虐ネタを披露した。  街のティッシュ配りではブスを避けて美人に手渡すと怒り、アンケートでさえも美人を選別してると不満を言う。 「なんでやねん」とみっちゃんが怒ると、 「見た目やろ」となっちゃんがさりげなく身も蓋もないことを言ってツッコミを入れる。  さらにやっとアンケートを受けるときに年齢のネタに入る。 「だいたい、乙女に年齢を訊くのは失礼やわ。そう思うやろ、なっちゃん」 「それはわかるは。いくら世代別とは言え、やっぱりあたしらも女性やから、年齢を訊かれると、いややねえ」 「そういうときは、定番の答えが女性にはあんねん」 「ほう、聞きたいねえ。そんなんあったらあたしも使わせてもらうわ。じゃあみっちゃん訊くよ。あなた年齢はおいくつですか」 「あたしは、永遠のハタチです」みっちゃんが胸を張る。 「それ、年上じゃね。あたしら高校生じゃん」なっちゃんがみっちゃんの後頭部を軽く叩いた。  そこで会場から大きな笑いが起きた。  続いて、女性ならではの買い物ネタを披露する。  主催者の会場をうまくネタに活用する。 「今日はポイントが五倍だって。買い物しなきゃ」 「みっちゃん、お店のカード持ってんの」 「カードはないけど、五倍だよ、五倍。お、と、く」 「意味ないじゃん。見事に引っ掛かってるよ。バカだねえ。もうええわ」 「ほなさいなら」と二人で締め括り、手を振りながら舞台を降りた。    会場は和やかになり、ウケた雰囲気が伝わってくる。本来なら出やすい雰囲気だ。なのに、前のコンビがウケたプレッシャーで、俺達は舞い上がった。亮太が出だしで噛んで、頭がまっ白になり、ネタに入らない。俺も緊張感がピークになり、冷静さを失った。あとはしっちゃかめっちゃかで、なにを言ったのか、どんなことをしたのか、振り返っても思い出せないほどひどかった。ネタ披露の時間が、とても長かったような、一瞬で終わったような、矛盾した苦い想い出である。あんな大事な日に大失敗をやらかすとは悔やんでも悔やみきれない。 「今年こそは、リベンジだ」  翔太は小声と同時に手に力を」入れた。
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