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第一章 「新学期」 6「「それは『パシリ』じゃねえか」
「翔ちゃん、怖い顔してどうしたの」
亮太が翔太の顔を覗き込むような姿勢で訊いた。
「いや、なんでもない。よし、今日こそは、くすくすじゃなく、どっかんどっかんと笑わせてやろうぜ」
「わかった」と亮太がにっこりして素直にうなずいた。
山道の分岐点で三人が立ち止まった。
「伸一、ここからはついてこられないから」
「わかってるって。僕は離れた場所から見てるから。じゃあ、あとで」
伸一と分かれたあと、二人は不良達の場所へ向かった。山道を登り切ったところで不良達の頭や姿が見えてくる。いつもの十人がいた。
「おら、遅いぞ」
「待たすんじゃんねえよ。腹減ってんだからよ」
「ほら、早く舞台に立てよ」
竜二は黙ったまま不良達のうしろに座っている。亮太と翔太が駆け足で舞台の上に立った。舞台と言っても切り株の上に立つ。あまり動きがあると切り株から落ちてしまう。見方を変えれば正当派マンザイ養成舞台のようだ。
全校朝会のパターンは異例で、マンザイの始まりは翔太から入ることにしている。
「はい、どうも『翔太・亮太』です」
亮太は翔太と一緒に頭をさげる。頭を上げると翔太がネタを始める。
「さぁ今日から学校が始まりましたね。またみなさんと会えるようになってうれしいですね」
亮太が不良達の顔を見てリアクションをする。
「びくついてんじゃねえよ」と翔太がツッコミを入れる。不良達は、自分達が怖れられている存在として位置づけられ、優越感からげらげらと笑い出した。
「ちょっと怖いのかよ」と前からヤジが飛ぶ。表情には笑みがある。怖がられている満足感があり、不良達は怒らない。竜二は二人にマンザイをさせている限りは、ネタ中にヤジを飛ばしても、仲間に対して文句を言わない。
「亮太は恐がりだから。まあでもみんな元気な顔で登校したからよかったですね」
「登校と言えば、N町の中山君が息を切らせてたよ」
「ああ、山間部に住んでいて、長距離だから単車通学を認められている中山君ね」
「中山君はバイクテクニックがすごいらしいよ」
「ほう、じゃあ将来はライダーかな」
「いやいや、毎日のバイク通学がサファリラリーみたいだから、通学以外では乗りたくないんだって」
「サファリラリーって、すごすぎない。どんな運転してんだよ」
「だから山道のラリーだって」
不良達が山中君の話題で話を始める。
「あいつ、けっこう飛ばし屋だってよ」
「仲間に入れてもいいんじゃねえ」
マンザイが逸れそうになったので、翔太が暴走族ネタに入った。
「暴走族と言えば、亮太君も入りたいって言ってましたよね」
「そうそう。かっこいいからね。女の人にもモテるかも」
「それでどんな感じの暴走族をめざしてるの」
「それはね、きれいなお姉さんが近づいてくる。えっ、僕のことが好きなんだって。うんうん。えっ、そんなに僕のこと好きなの」
「それは妄想族だろ」
翔太がツッコミを入れたところで、不良達からダメ出しをされた。マンザイを中断して、不良達が吐き出すヤジを聞いた。
「つまんねえ。別のネタをしろよ」、「そうだそうだ」、「ほれ、あのパシリネタをやれよ」、「去年のイジメネタがいいな」と不良達がネタをリクエストした。
翔太がごくりと唾を飲み込んで、「いいのか」と言う感じで亮太に目を向けた。亮太がうなずいた。二人は切り株から降りて、視線を合わせて息を整えた。二人の右膝が上がった。切り株の上に立ってマンザイを始めた。
「どうも、『翔太・亮太』です」
二人が一礼してからネタに入った。
「亮太君、また学校が始まりましたね」
「新入生がいて新鮮ですね」
「新入生ですか、懐かしいね。新しい学校生活と言えば、新しい友達も増えるわけですが、仲良くできる友達やいい先輩に巡り会えれば楽しくなりますよ」
「その点では、僕は自慢できますよ」
「ほう、亮太君にもいい友達ができたんですね」
「よく可愛がってくれます。『可愛がってやる』とも言われますから」
「それはどんな状況ですか」
「よく頭を撫でてくれるんですよ」
「ほう、部活もしていないのに、先輩にですか」
「まあいろんな人に頭をごんって撫でられます」
「それは殴られてるやん」
「でも『可愛がってやるよ』って言ってくれますから。ちょっと人気のない場所に行きますけど」
「だからそれは可愛がるの意味が違うじゃん。忍びないなぁ」
前列からちゃちゃが入った。
「あった。あった。そんなこと。そうだよ可愛がってんだよ。はははっ」
一瞬、前方に視線を送った翔太が亮太に目を戻してネタを続けた。
「亮太君は他にどんな学校生活を送ってるの」
「そうですね。お手伝いとかボランティアが好きですから、そんな体験をしてます」
「ほう、それはまた立派な心がけですね。たとえば」
「たとえば、買い物と頼まれると、ホールにパンを買いに行ったり」
「ホールですか」
「あとはかばんとか荷物を持ったりとか、伝言を頼まれて伝えに行ったり」
「ちょっと待って。それはどこでしてるの」
「学校ですよ。学校。だから『ポストマン』とも言ってくれます。『伝言マン』みたいでかっこいいでしょ」
「それは『パシリ』じゃねえか」
再度、前列からじゃまが入る。
「でたあ。パシリネタ。ポストマンじゃねぇよ。パシリだろパシリ。笑えるぜ、この勘違い」
前列の不良達が拍手喝采で大喜びをする。真ん中にいた日置政孝がにやっといやな笑みを浮かべた。
翔太が一瞬むっとした。急に翔太がネタを変えた。亮太が少し戸惑いながら翔太の口元に視線を向けた。
「新入学と言えば春です。春と言えばテレビでも新番組が始まりますね。私は一時間の刑事ドラマなんかで一話完結型が好きですね。特にドラマの後半で『事件の謎解きはCM後です。』なんてテロップが出ると、その間はわくわくしますよ」
「待ち遠しい時間ですね」
亮太がネタに入ってきた。翔太の顔がほころんだ。翔太はそのままネタを続けた。
「あのわくわく感がたまらなくてずっとCMも観てしまう」
「クライマックスで、『お前が犯人か』とか訊いたりして」
「クライマックスで疑問形かよ。早く犯人を捕まえろよ」
「そうそう。だからCMに入る前に『犯人逮捕まで六十分後』なんて出たりして」
「番組が終わってるよ。『また来週』って、言ってる場合か」
しゃべりのテンポは良かったが、あまりウケてないと二人は感じた。だがこんな形でしゃべりを中断したくはなかった。
今度は亮太がネタを変えた。先日、二人で考えたコンビニ新商品のボケネタだ。
「いつまで続くねん。もうお腹が空いたから、コンビニへ行かせてもらうわ」
一瞬、息を詰まらせたような間を置いた翔太が、にこっと笑みを浮かべてネタに入った。
変な静けさが気になったがそのままネタを続けた。
「最近のコンビニはけっこう工夫を凝らした新商品が出て、コンビニと言えども侮れませんからねえ」
亮太が翔太に続いてしゃべる。
「そうですね。奇抜なネーミングで、ぐっとお客の気を引く商品が多いですね」
亮太がぐっとのところで拳を握って腕を手前に引く。翔太が亮太に商品名を訊ねていく。
「たとえばどんな商品がありますか」
亮太が商品名でボケて、翔太がツッコミを入れる。
「たとえば、そばなんかでは『わりとそば』とか」
「えっ。『わりと』ですか。『わりと』ってどんなそばやねん。そば違うんかい。原料はなに? ほんとに食べられるの? バッタモンちゃうやろね」
「じゃあ、ざるそばにちなんで『雑そば』って言うのはどう」
「『雑』って、ちゃんと細く均等に切ってあるよね。ちゃんとそば粉を使用してるよね。食べ物だからちゃんとしてくれよ」
「大丈夫。大丈夫。あとは冷やし中華で『冷やしとんか?』とか」
「訊ねるなよ。ぬるいの? 伸びてるの? ほんとに美味しいの?」
「大丈夫。大丈夫。胃の中に入れば同じだから」
「そりゃそうかもしれないけど。他には」
「最後は冷やしうどんにちなんで『冷やしうろん』でどうだ」
「『うろん』って、いいかげんなの。うさんくさいの。そんなのまずくてダメだよ」
「あきませんか」
「当り前や。もうあんたとはやってられへんわ」
と翔太が締め括り、最後に二人で声を合わせて、「どうもありがとうございました」と頭をさげた。
静かだ。静かすぎる。雰囲気が違う。肌で感じるほどびんびん伝わってくる。
この感覚はなんだ。
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