ヒューストン、聞こえる?

5/13
前へ
/13ページ
次へ
※ 居室で目覚める。身支度をする。食事パックを開く。今日は卵を模した加熱タンパクとクラッカー。栄養スープはコーンクリーム味。メニューは自動計算で決まり、食糧ベースから自動的に製造される。 朝食の後は、ミーティング、そして自分の担当ブロックの保守点検。昼食、そして報告、そして作業。 考えることをやめようと、日々をルーティン化しようとしたが、ミーティングも報告も、相手がいないので出来なかった。やるべき作業も発生しない。研究もする意味がない。私一人の生活を維持する部分のシステムだけを点検し続ける毎日。 時間はすぐに余った。 人類がいたころも、パフォーマンスの低下を防ぐ目的で休日は設けられていた。休日は他のコロニーとも繋がっているコミュニケーションネットワークの情報群を眺めたり、他人と業務外の会話をしたり、体力低下を防ぐためのジムプログラムを少し時間をかけてこなしてみたり。そんな風に過ごしていた。 しかし今、コミュニケーションネットワークは生きてはいても、新たな情報は書き込まれることはない。会話をする相手はいない。やれることと言ったらジムスペースに通うことぐらいだった。 ランニングマシーンに乗り、規則正しく息を吐き、計算通りにエネルギーを消費して、その分を食事パックの発注時に入力して補給する。その繰り返し。何も考えないように。何も考えられないように。 ひたすらマシンの上を走り続ける。無駄な活動。健康を維持する必要もないのに、無駄な。大昔のアニメーションで観た、子どもが飼育しているケージの中のげっ歯類が「へけっ」とか鳴きながらひたすら回している円形の玩具、あれを思い出す。 限界は来た。体力ではなく精神に。マシンの上でくずおれた体を、追って後から脳が認識した。ずるずるとマシンからずり落とされた私は、人を載せないまま稼働するマシンをぼんやりと眺めていた。 そう。そうだ。マシンを使う意味なんて、もうないんだった。 コロニーの中で、どんなに騒がしく走り回ったって、もう誰にも迷惑をかけないし、制限される区域なんてないのだった。何をしても、自由。私は一人。地球上にたった一人だけなのだから。 ――ぁぁあああ。 ああ、私は今、叫び声をあげている、と他人事のように感じながら私は意識を手放していった。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加