ヒューストン、聞こえる?

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※ 翌日から、私はコロニーの中を走り始めた。 他人の居室だったルーム以外のすべての制御扉を解除して、一日にどこまで走るかを決めた。起きて、身支度して、食事をして、保守点検をして、食事をして、あとは計画通りに走る。 立ち入ったことのないブロックを次々に踏破していくのは悪くなかった。 不思議な喜び。 ただの視覚への刺激、そして筋肉の活動。 ――だからなんだというの。 脳に送り込まれる酸素の欠乏による陶酔感。 ――だから、なんだというの。 私の生活に何の救いがあるというの。 そう思っているのに、けれど私はやめられないでいる。 思えば「行きたいどこかへ行ってみる」という行動が、今までの人類のコロニー生活では…いや、その中でもそもそも独りだった私には無かった。行きたい場所なんて、何かに興味なんて、無かった。 そう。私はそういえば、一人ではなかったけれど、ずっと独りなのだった。 ある時入り込んだ資料室、さらに奥の閉架で、大昔の電子データを見つけた。メディアやテキストからなるその情報は多岐に渡っていた。 種の存続の岐路に立たされていた瀬戸際の人類には、あまりにも必要が無かったために限りあるサーバ上にはあげられず、さりとてコロニー外に打ち捨てるのも(人類の抱いた極めてノスタルジックな感情の総意により)ためらわれた諸々。 それは、娯楽や文化や芸能といったものだった。
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