星に願いを。

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<2>  福岡空港国際線ターミナル2階 到着ロビー  パスポートのチェックを終え、パスポートを胸ポケットにしまった白人の紳士が、エスカレーターで一階に降りて、横付けされた客待ちのタクシーに乗り込んだ。  「お客さん、どちらまで?」  運転手に行き先を尋ねられた紳士は、軽く口の端を上げて笑顔を作った。  「取り敢えず、博多駅まで頼みたいんだが」  流暢な日本語で運転手に伝えた。  運転手は数秒固まっていたが、何かに弾かれたようにハンドルを握り、車を発進させた。  「・・・お客さん、日本語話せるんですね」  運転手がその先の信号待ちで、小さく呟いた。  紳士は笑う。  「ハハハハ、やはりそう見えるでしょう。妻と出会った時も、余りに私が流暢に日本語を話すから逆にドン引きされましてね」  そう明るく話す紳士は、齢は30代半ばから後半位、どう見ても外見は白人だ。  身長は高く190㎝近くは有る。  髪も明るい金髪、瞳も同じく明るいブルーだ。  「これでも1/4ジャパニーズが入ってるんですよ、私の血には」  かっちりしたワイシャツの上のボタン一つを外し、ネクタイを軽く緩めたその姿は心持ちラフに見えるが・・。  一目で解る、高級ブランドのオーダーシャツにスリーピースのスーツ。  瞳は顔に対してやや大きく、鼻筋は綺麗に通っており、高い。  口は大きくも小さくも無い、薄い唇。  その紳士は一見、外国のスターにでも見える程目鼻立ちと容姿が整っていた。  「私の息子は、日本で芸能人をやっているそうなんです」  「へえぇ・・何て名です?」  「蓮・・確か大楠 蓮と云いました」  「えぇ?!あの、子役で有名な・・・」  運転手が驚いて、赤信号でブレーキを思い切り踏み込んだ。  瞬間ガクンとタクシーが衝撃で上下し、運転手が慌てて謝罪した。  「もっ・・申し訳ありません、驚いてつい」  しかし紳士は機嫌を損ねる事無く、尚も明るくからからと笑った。  「構いません。それより、貴方がそんなに驚くほど私の息子は有名人なのですね」  「ええそりゃもう! 去年の大河ドラマ、準主役で、演技も本当に素晴らしかったですよ! 私なんか毎回録画して、家内と二人で毎週楽しみにしながら見てましたから。ああ、あのCMも良かったな・・。洗濯用洗剤のと、子供用飲料の。あとは保険のとか、冷凍食品なんかも有ったでしょう? ほら彼、バラエティでも活躍してましたしね! 彼、やたら大人びた子で、仕切りもリアクションも上手だからこっちが見てて安心出来るんですよねぇ」  「・・そうですか」  紳士は遠い目をして、窓の外をじっと見つめた。  その表情は何とも言い難い表情だったのだが・・・しかし彼が笑顔を崩す事は無かった。  「・・ああもう着きますよ。残念だな、もう少し話を聞きたかったのに」  運転手が残念そうにハンドルを切りつつ、駅のターミナルビルの降車口に車を停めた。  「有難う、息子の話を色々聞けて私も嬉しかったです。ああ、お釣りは結構です」  紳士は万札を取り出し、運転手に手渡して素早く降りた。  「こりゃどうも!有難うございました~」  せいぜい二千円程の距離に万札を一枚ポンと差しだされたら、誰だって喜ぶはずだ。  この運転手も例外ではなく、受け取った瞬間軽く飛び上がった。  運転手は、満面の笑顔でぺこぺこと何度も頭を下げた。  紳士は軽く運転手に笑顔で手を振り、足早にその2台先に停められた黒塗りの高級車に乗り込んだ。  その車は、ナンバープレートが日本の物では無い。  運転手も浅黒い肌をした外国人、何処かの領事館の物だとすぐわかる。  紳士が乗り込むと、運転席の男が車を素早く発進させながら紳士に声を掛けた。  「・・ヨアン・フレドリク・オークス少佐、ようこそ日本へ」  紳士の表情が、先程までとは打って変わって固い。  外されていたシャツのボタンとネクタイは、何時の間にかきっちり締められていた。  「何故、空港に迎えが来なかった? それに、空港からずっと尾行が付いている様だ」  「それについては、領事館でスターム一等書記官からお話があるそうです」  運転手の男が、紳士に封筒を差し出した。  「コーネリウス・フレンセンが姿を現しました。彼は現在、この日本の何処かに潜伏している模様です」  「ハロルド・イフラント・パクストン・・彼の動向は?」  紳士は封筒の中身を取り出し、一枚一枚めくりながら、視線だけを動かして質問を出した。  「申し訳ありません。それについても、スターム一等書記官からご指示があるかと」  「そうか・・。ところで、エリアス・ハーヴェイ曹長。君はこの国に来て何年になるのかな?」  「・・およそ一年程になるかと」  「何だ、残念だな・・。ならばこの国のテレビを見たりはするのかね?」  それまで完璧なまでに無表情だった運転手の表情に、僅かに変化が生じた。  微妙にだが、顔がほころんでいる。  「ええ、私は日本のバラエティが好きで。本国のセンスとは若干ズレがありますが、それはそれで面白いです。後は・・アニメを少々」  「・・・・・君、幾つだったかな」  「今年で28になりました」  「・・この国のドラマなどは見ないのかね」  「あ~、何度か見ましたが・・。性に合わないみたいで・・・・。何と言うか・・この国のドラマは堅い物が多くて。コメディなんかの方が自分は好きです」  「この国の「時代劇」とやらはどうかね」  「あ~~・・。自分は勉強の方はからきしでして・・。言葉遣いもやたら小難しくて、よく解らないですね・・・」  「・・・・・・・・」  先程のタクシー運転手とは違い、全く話がかみ合わない。  オークス少佐は大きな溜息を吐くと、窓の外の景色にじっと目をやった。  「あの・・・・私は何か失礼を・・」  上官の大きな溜息に恐縮したハーヴェイ曹長が、恐る恐る問いかけた。  「いいや、些末な事だ。君は気にしなくていい」  そのまま、上官は口を噤んでしまった。  しかし、その眉間にはわずかに皴が見て取れる。  (・・・ヤバイ・・・・・)  明らかに、自分との会話で機嫌を損ねたことに間違いはなさそうだ。  (・・・・・もう喋らないでおこう)  車は明治通りを抜け、そのままアメリカ領事館に吸い込まれていった。  後ろをずっと付けていた車は、そのまま立ち去って行った。    福岡には、在福岡米国総領事館がある。  黒田藩の城址、城のお堀の有った場所のその近くに領事館はあった。  その領事館の中で、オークス少佐はスターム一等書記官と再会していた。  二人は互いに相当に近しい人物らしく、満面での笑顔と共に握手、そして長めのハグも行った。  「オリバー、久し振りだな。君の父上の還暦祝い以来だ」  「ははは、お互い老けたなヨアン。目尻に皴が出来てるぞ」  「煩いな。あんなに煩雑な任務ばかり押し付けられていたら、流石の私でも老け込みもするさ」  「おかげで、日本人の妻に愛想を尽かされてしまったものな。日本人の女は特に忍耐強いんだろう?愛想を尽かされるなんて、どんなヤバイ浮気でもしたんだ? え?」  「馬鹿言うな、浮気する暇なんて有る訳無いだろう。激務に次ぐ激務で、家にも碌に帰れずに居たら、妻が勝手に日本に帰国してしまっただけだ。彼女とは未だ離婚もしていない」  「お前を置いて去るような、そんな薄情な女に未だ未練があるのか?学生時代は束でラブレターを貰ってた、学校一のフェミニストが。さっさとそんな女捨てちまえ。他にも女は選り取り見取りだろうに」  「・・・オリバー、君はそんな事ばかり言っているから女性にモテないんだ。もう少し口に出す前に言葉を選んだ方がいい」  「大きなお世話だ、そんな小言は父と母と妻からもう一万回以上は言われてるさ。それでも治らないのだから、もういい加減開き直るしかない」  「・・幼稚舎時代からのよしみで言うが、君のその高慢でふてぶてしい所、どうにかならないのか?」  「ならないし、なる気も無い。俺は俺さ。逆に俺が急に君みたいな品行方正になったら、それはそれで気持ち悪いだろう?」  「・・・・まあ、確かに」  二人は顔を暫く見つめ合い、どちらからともなく笑い出した。  「相変わらずだな、お互い」  「ああ、お前が変わっていなくてホッとしたよ」  「そっちこそ」  二人はもう一度、軽くハグをした。  「お前の息子、・・こっちでは「大楠 蓮」とか言ったな。この日本の芸能界じゃ、すごい人気だぞ」  「だが、”不慮の事故”で芸能活動を一年程休養して、今は学業に専念してると聞いていたんだが。大した怪我じゃないから、私の所にもあれから連絡は来ていない。今頃は義姉の柊子の世話になりながら、田舎のハイスクールライフを満喫してるだろう」  その言葉を聞いたスタームの表情が、険しくなった。  「・・・・知らなかったのか?あれは”事故”なんて軽い物じゃなかったぞ。ほらこれを見ろ」  スタームは自身のスマホを手に取り操作し、画像を表示してオークスに見せた。  其処に写っていたのは・・何時撮られたのか、蓮が民宿の前で向日葵を抱いて散歩している写真だった。  他にも、蓮が向日葵にお昼寝をさせている所や、おしめを換えている所、ミルクや離乳食を与えている所などが隠し撮りされていた。  「お前がいずれ欲しがるだろうと思って、軽く調べさせておいた」  オークスには、スタームの言っている事が全く理解出来ない。  「?・・エドゥアルドが、可愛らしい赤ちゃんを抱いているが・・・・」  「お前の孫だよ、ヨアン。名は「向日葵」ひまわりと書いて、ひまりだ」  オークスの顔が、一瞬固まった。  すぐに笑顔に戻ったのだが、顔は見て分かるほど引き攣っている。  「・・・何を言っている、エドゥアルドは未だ15歳だ。・・ああ、私の子なのか? 柚子が私に隠して、もう一人産んだのだろう」  「ヨアン、これは現実だ。・・・残念ながらな。受け容れろ」  スタームが、溜息交じりにオークスに告げた。  「・・・・・・どういう事だ。確かに・・あの子は、オメガだ。子供も確かに産める。だが・・・・・」  心なしか、オークスの身体が震えている。  スタームはもう一度大きく溜息を吐くと立ち上がり、デスクの引き出しからファイルを取り出し、オークスの前に差し出した。  「・・・此処にレポートにして纏めておいた。持って行ってくれ、友人のよしみだ」  だが、オークスは俯いたままでそれを受け取ろうとはしない。  そのまま暫くオークスは項垂れ、憔悴したままだったのだが・・。  急に・・腹を括ったのか、真面目な表情でスタームに向き直った。  その表情は完全に、我が子を案じる父親の物であった。  「・・・頼む、君の口から聞きたい。教えて欲しい、そのいきさつを」  オークスの顔は真剣そのもの、必死だった。  スタームは執務室の端に控えていた職員に軽く手をかざし、  「・・少しだけ時間を作ってくれ、30分ほどでいい」  そう伝えた。  職員は軽く頷くと、  「分かりました、後でお飲み物をお持ち致します」  二人にそう告げた。  「コーヒーでいいか?」  スタームがオークスにそう尋ねると、オークスは頷きながらガクンと力が抜けた様にソファにへたり込み、腰掛けにもたれ掛かった。  「コーヒーを二つ。あと、人払いを頼む」  「了解いたしました」  職員は軽く頭を下げると、部屋を退室して行った。  「・・・やっぱり、知らなかったんだな。まああれだけ多忙なら仕方あるまい」  そう言いながら、一人掛けソファにゆっくりと腰を下ろした。  「・・・あれは一年半前くらいになるか。君の子息は、仕事中に急に発情期に入ってしまったんだそうだ。しかしその時、間が悪かった事にマネジャー代わりだった君の妻が体調不良で不在だった。しかも、避妊薬や抑制剤なんかの薬も、途中で帰宅した彼女が全て持って行ってしまっていたらしい。その上当時、撮影トラブルが続いてスタッフは全員不在。結果、待機していたロケバスという密室の中で、若いタレント五人と君の子息の六人だけ。その後は・・輪姦される形で、子息は”強姦”された。その後妊娠が判明しても子息は堕胎せず、そのまま芸能人としての仕事を全て休業して子供を産んだ。今は、君の妻の故郷でその子を育てながら、高等学校に通っていた筈だ」  「・・・・・・そんな」  オークスの肩がぶるぶると震えていた。  拳をギュッと握り締めて、怒りを、動揺を必死に抑えようとしていた。  だが・・スタームの話は無慈悲に続く。  「君の細君は・・その時のショックで、少々精神を病んでしまったらしい。生まれ故郷の療養施設で、今は療養中だった筈だ」  「・・なんて事だ・・・」  項垂れるオークスに、スタームが呟く。  「君の子息・・エドゥアルド君の相手、君の孫の父親を知りたいか?」  その一言に顔を上げた、オークスの顔は・・・一面に憤怒の怒りが滲み出ていた。  「教えてくれ、私の可愛い・・未だ15の息子に手を付け、汚し孕ませた卑怯な男が誰なのか」
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