星に願いを。

4/7
前へ
/7ページ
次へ
<4>  「そっか、百瀬さんがそう言ってたかぁ・・」  ロケ現場に戻ると、ロケバスの中を借りて、南が向日葵を寝かしつけていた。  「向日葵ちゃん、ミルクお腹一杯飲んでおむつ換えたら、気持ちよさそうに寝ちゃったよ。とってもお利口さんだった」  頭を優しく撫でながらゆっくりと抱き起し、南が安らかな寝息を立てる向日葵を蓮の腕にそっと戻した。  「そっか、お利口さんだったかぁ。ゴメンね、一緒にいてやれなくて」  向日葵を腕に抱っこしながら、蓮は優しく微笑んだ。  「それより、台本覚えなくて大丈夫? もう明日から撮影開始なんだろう?」  「大丈夫です、僕は主役じゃありませんし」  南の心配をよそに、蓮は向日葵の世話を甲斐甲斐しく焼いている。  寝汗でじっとりとした肌着を取り替え、おむつをチェック、鞄の中を確認し、洗濯物やごみを仕分けておく。  そんな風にてきぱきと用をこなしてゆく蓮に、南も苦笑いだ。  「・・もう立派なお母さんだね、君は」  その一言に蓮が慌てたが、蓮より先に隣にいた大熊が動き、素早く南の口を押さえた。  「馬鹿、それは言うな!・・この現場にゴシップ記者が二人紛れ込んでるんだよ!」  「その一言、絶対使っちゃダメです!・・・嬉しいですけど」  二人の必至な形相に、状況を察した南が申し訳なさそうに項垂れてしまった。  「スタッフには、”蓮の妹”という触れこみにしておいてあるんだ。・・ほら、柚子さん今入院中だからさ」  「藍川社長も、葛城監督も、製作スタッフ上層部にも”妹”で通してくれと周囲に伝えて下さってます。ですから、僕たちが漏らしてしまう訳にはいかないんです」  「お膳立てしてくれた、百瀬の顔を潰す事にもなるしな」  「ごめんなさい、知らなかったから・・つい」  「いい、いい。これから気を付けてくれればいいんだ、なっ蓮!」  大熊が慌ててフォローに入ったのだが・・・蓮を引き合いに出すところに、やはり若干の頼りなさを感じずにはいられない。  それでも蓮は心の中だけに”苦笑”を封印して、もう一度南に向日葵を預けた。  向日葵は未だ眠い様で、目を開ける事無く南の腕にすとんと収まった。  「申し訳ありません、僕は共演者の皆さんに挨拶に回ってきますから。もう少しだけ向日葵をお願いします」  そう告げると残りの紙袋を持ち、その場を離れた。  その後ちらっとだけ後ろを振り返ると、大熊が南の肩を抱き寄せ、寄り添っていた。  (いいな・・・・あの二人の関係)  蓮は思わず、「もしも来人と自分があんな風に・・・」と妄想を巡らせてしまった。  今いる場所は・・セット裏の、人気のない薄暗い空間。  妄想は嫌が応にもエスカレートしてしまう。  (来人さんに肩を抱かれて、あんな風に寄り添ってもらえたら・・・)  (「蓮・・・」来人さんの唇が、重なって・・なんて・・・あああ、はしたないっ!)  急に何かがぞくぞくと背筋を這い上がり、顔がゆでだこの様に真っ赤に染まってしまった。  思わず、うなぎパイの紙袋を落としてしまった。  途端はっと我に返る。  「ああ!割れやすいお菓子なのに!!」  慌てて紙袋を拾おうとしたのだが、先に背後から手が伸びて来た。  そしてその手が先に紙袋を拾い上げ、蓮の前に差し出された。  「どうしたんだ、珍しくミスなんかして。大丈夫か?」  振り返った先に居たその声と手の主は、来人だった。  但し、ARRIVALのメンバーも一緒だったが。  「ひゃ・・・!あ、あ、ありがとうございます・・・」  (うわっ!なんて声出してんだ、僕)  紙袋を受け取りながら、蓮は更に真っ赤になっていく。  ARRIVALのメンバーは、昨日の事も有り・・・やや遠慮気味に背後に陣取っていた。  当の蓮は、昨日の記憶はかなり朧気で、彼等との接触で覚えているのは二つだけ。  また自分の身体に発情期がやって来てしまった事、そして・・・来人の手を強く叩き、乱暴な言葉をぶつけてしまった事だけだ。  だから、彼等を酷く拒絶してしまった事は記憶の中には残っていなかった。  彼等は蓮に遠慮気味に挨拶を行う。  「久し振りだね、蓮」  「今回は宜しく」  「また会えて嬉しいよ」  「昨日はごめんね、また仕事一緒に出来て嬉しいよ」  「昨日・・・?皆さんにお会いしましたっけ?」  キョトンとする蓮に、メンバーは訝し気に互いの顔を見合わせた。  (おいおい、どういう事だよ)  (記憶からも消去する程俺達を嫌いって事?!)  (いや、だったらこのフレンドリーな態度はあり得ないだろ)  (じゃあ一体、どういう事なの?!)  ひそひそ声で後ろで必死に情報交換する四人に成り代わり、来人は蓮に問いかけた。  「昨日、俺が此処に連れて来た事、覚えてないのか」  「覚えてます。但し、僅かにぼんやりとですけど・・。その・・・あの時は、ごめんなさい」  蓮の顔がまた、見る間に赤く染まる。  先程の妄想もあり、彼の顔をまともに見られない。  次第に俯く蓮の額に、来人はそっと手を当てた。  「顔が赤い。熱でもあるのか?だったら休んだ方がいい」  (・・わわわ・・・・)  額に手が触れた瞬間、蓮が目を瞑り、震えだした。  (心臓が飛び出しそうだ・・・どうしよう)  しかし来人は、震える蓮のその姿に、昨日の酷い拒絶とトラウマを重ねてしまった。  素早く手を引き、その手をギュッと握り締めた。  その拳が、微かに震えている。  「・・・馴れ馴れしかったか、すまない」  「・・・えっ・・・・」  蓮が顔を上げると、来人は辛そうな・・やるせない表情で蓮の前を去って行った。  「・・・よろしくな」  それだけを告げて。  来人の背後に控えていた四人も、軽く頭を下げてその場から離れようとした。  「あっ・・・あの!今回はどうぞよろしくお願いします。これ」  来人の態度にショックを覚えつつも、蓮は四人に紙袋を差し出した。  一番手前に居た、南里 麗音がその紙袋を受け取った。  「え、くれるの?」  「はい。急だったんで、駅前で買ったうなぎパイですが」  袋の中身を、麗音の肩越しから覗き込むのは王覇 樹利亜。  「ああ、これ俺大好き」  「何てったって、”夜のお菓子”だもんね~」  下ネタを弄るのは、巴 亜蘭。  昨日の事を殊更連想させるキーワードに、残りの三人が慌てた。  「こら!未成年にエロ発言はやめろ」  チームリーダーの葉室 呉伊がフォローに入る。  「ゴメンね、デリカシー無い奴で」  麗音もどうにか誤魔化そうと必死だ。  「・・ははは・・・・。相変わらず仲いいしコンビプレーが上手ですね、皆さん」  蓮は苦笑いしながら、四人のチームプレーを褒めた。  その蓮の言葉に険は無い。  四人は顔を見合わせて、頷いた。  リーダーの呉伊が、蓮に真剣な表情で突然頭を深々下げた。  「あの時はすまなかった。・・こんな言葉で済むような事じゃない事は承知している。だけど、本当に謝りたいんだ、すまなかった」  「俺からも、ゴメン」と、亜蘭が。  「会ったら必ず一番に謝罪したかったんだ。ホントにゴメンなさい」と、麗音が。  「すまなかった。どんな謝罪でもする、だから許して欲しい。・・お前の事が、本当に好きだから」と、樹利亜が。  「僕も」  「俺もだ」  「俺も」  四人の真剣な表情に、蓮は慌てて頭を下げた。  「いいえ、僕の落ち度もあった事です。・・・それより、質の悪いゴシップ記者がこのロケ現場に紛れ込んでいます。この話は、もうここで終わりにしませんか」  四人はいま一度顔を見合わせた。  「うっそ、マジか・・・」  「あいつら何処にでも湧きやがんな」  「は~いそういう発言禁止~。藍川女史にどやされるよ~」  「そうだぞ。彼等の一部が殊更過激なだけで、普段お世話になってる記者さん達は皆、良い人ばかりだろう」  「まあ確かに」  「ですが・・・先程お会いしたその二人は、お世辞にも好意的ではありませんでした。急にカメラを向けてシャッターを押したり、背後で聞き耳を立てていたり。・・・皆さんも気を付けて下さい」  蓮の忠告に、亜蘭が眉間にしわを寄せた。  「何だよそれ」  「腹立つ~。俺らを何だと思ってるんだ」  先程はフォローに回った麗音も、顔を顰めた。  「・・はいはいもうこの話はおしまい。蓮、情報ありがとうな」  きりがないので、呉伊が仕切りに入る。  「ええ、皆さんどうぞよろしくお願いします」  蓮はもう一度四人に頭を下げた。  「またな」  「明日からよろしく」  「蓮に”大根”て言われない様に頑張る」  四人は手を振り、その場を離れて行った。  と。  「何よ・・・あの四人と仲いいじゃない。何か、ズルい」  「ダメだよ、スミレちゃん!」  急に背後から少女の声がしたので振り向くと、そこには主演の結城スミレ、小桜咲知の二人が立っていた。  「あ・・こんにちは。今度、ドラマでお世話になる・・・」  それでも、蓮は冷静に頭を下げようとしたのだが。  蓮の話を全く聞かず、結城スミレが蓮につかつかと近づき、蓮の顔を両手で掴んだ。  「え?ええ・・・あの、僕何かしました・・・?」  蓮がやや焦りながら問いかけると、スミレは思い切り怒鳴りつけた。  「ええ、ホント困るわ。なんなの貴方のこの白い肌! 化粧なんかしなくても、十分綺麗じゃないの。おまけにこのビー玉みたいな大きな瞳!睫毛金色で超長いし・・。貴方本当に目鼻立ちが整い過ぎてるのよ!おまけに顔超小っさいし、手足超長いし。これじゃ私が、どうやったって負けちゃうじゃないの!!」  「・・・蓮さん、演技も上手だし下手な女の子より全然綺麗でしょう?ドラマで若手女優が何人も「喰われて潰されてる」って聞きました。だから、スミレちゃん焦ってるんだと思います」  と、ぼそりと咲知が呟いた。  「そんな・・・、僕はそんな事しません。確かに演技に熱が入り過ぎる事はあるけれど・・・」  余りに辛辣な上遠慮ない物言いに、蓮が困る。  しかし彼女たちの口は閉じる事は無く、ひたすら蓮を責め続ける。  「その上、主演のARRIVALとあんなに仲がいいなんて!絶対勝てないじゃん。・・・もう私、このドラマ降りたい・・・」  スミレは、涙を浮かべてその場から走り去ってしまった。  「ああ・・・」  流石に蓮にはどうにも出来ず、彼女が走り去るのをただ見送った。  その瞬間。  「・・チッ、降りるんならさっさと降りてくれりゃいいのに。マジウザい、あの女」  スミレが視界から消えた途端、咲知の態度があからさまに一変した。  ”可憐な桜の妖精””学生皆の可愛い妹”などと呼ばれているキャッチコピーから、今の姿はおおよそ想像もつかない。  眉間にしわを寄せ、蓮をガン睨みしつつ  「・・・アンタ、どんな武器持ってんの。あのARRIVALのメンバーが、アンタにあれだけ頭下げて、気ィ遣うなんてさ」  そうドスの利いた声で呟く。  「・・別に、何も・・・・」  流石に”あの時”の事を、彼女に教える訳にはいかない。  お茶を濁してはぐらかそうとすると、胸ぐらを突然掴まれた。  「いい子ぶってんじゃねえよ! あのキモイ葛城のジジイにどんだけ捧げたか知らないけど、私を潰そうとしたらタダじゃおかねえからな、覚えとけ」  そう捨て台詞を吐くと、胸ぐらをつかんだ手を離し、突然ニッコリと微笑んだ。  「あ~ん、スミレちゃん待って~~」  そう呟きながら、彼女は走り去っていった。  (・・・内股、なんだ・・・・)  その走り去る背を見つめつつ、思わず彼女の内股過ぎる走りに、心の中で突っ込みを入れてしまった。  
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

192人が本棚に入れています
本棚に追加