星に願いを。

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<5>  その日の顔合わせで、スミレと佐知の二人にもう一度会ったのだが・・・。  スミレは目の下を腫らしており、マネジャーに直前までその事を注意されていた。  恐らくは、あの後ずっと泣いていたのだろう・・。  咲知は、先程のバイオレンスな状態が想像つかない程、がっつりネコを被っていた。  ・・その目に余るぶりっ子ぶりに、ARRIVALのメンツがドン引きする光景が多々見られた。  蓮は先程の彼女の豹変を知っていた為、軽く笑う程度で済ませ、他の演者たちの後ろで目立たぬ様にそっと控えていた。  「それじゃあ、明日からが本番だ。みんなよろしく頼むよ!」  監督である葛城のその一言で、その日はお開きになった。  その後大熊たちに送ってもらい、柊子の民宿に蓮が着いた時にはもう、一番星が夜空にきらきらと輝いていた。  「まんま、ま~だ。まぁま~」  予備のミルクもお菓子も底を尽き、空腹な向日葵は蓮の腕で哺乳瓶の乳首をちゅぱちゅぱしゃぶりながら、晩御飯をおねだりした。  「はは・・今日はゴメンね、僕もさすがに疲れた・・・」  流石に疲れてフラフラの蓮は、向日葵に愛想笑いも出来ない。  そのまま力なく、離れの玄関扉をガラリと開けた。  「・・ただいま~」  俯きつつ、小さく力なく呟くと、突然向日葵共々思い切り誰かに抱きしめられた。  「うわあっ・・・」  「ハハッ、お帰り! エドゥアルド!」  聞き覚えのあるその声に思わず顔を上げると、そこには今いる筈の無い父親のヨアンが満面の笑みで立っていた。  「パパ、どうして・・・・」  「あああ~ん! あ~~っ」  ビックリしたのと空腹とで、腕の中の向日葵が泣き出してしまった。  「ああ・・・すまない、泣かせてしまった」  そのまま蓮の腕から向日葵を抱き上げ、ヨアンは腕の中に大切に抱き寄せた。  「おお、よしよし。・・可愛いなあ、君の幼い頃にそっくりだ」  ヨアンは向日葵を慈しむ様に、何度も頬を優しく撫で、何度も優しく抱きしめた。  蓮は・・・実は父に、子供を妊娠した事も、出産した事も、その一切を話していなかった。  「・・・パパ、あの・・・・・」  その事を話すチャンスが急に到来したわけだが・・・流石にどう話して良いのか、考えあぐねて口を閉ざしてしまった。  そんな息子の苦悩を察してか、ヨアンは軽く笑い、  「その話は中でしよう。私も君に聞きたい事が有るんだ」  そう告げた・・・その笑顔が、果たして本物かは解らなかったが。    「覚えているかい、私の友人でオリバー、オリバー・スタームという長身で小太りのおじさんを」  「ああ、ええ・・・何となくは」  必死で、それらしい人物を頭の引き出しからピックアップする。  アメリカ上流階級出身の父は、上流階級の子女の通う全寮制のエスカレーター式の学校に幼稚園から通っていた。  だから友人も多く、休日になると度々誰かがやって来て、いつも賑やかに食卓を囲んだ記憶がある。  しかし正直な所、その中から「誰々」と今の様に尋ねられても、三歳四歳位の記憶なんて有る訳が無い。  だが、話を合わせなければ進まないので、必死に記憶の淵からその「誰か」を都度都度洗い出すのだ。  ・・・ちなみに、蓮と父の会話はいつもこんな感じである。  「彼は今、在福岡米国領事館の一等書記官をしているんだ」  「・・・へぇ・・・・」  のらりくらりと相槌を打ちながら、向日葵の食事のお世話をする蓮の眼前に、一冊のファイルがおもむろに置かれた。  その表紙には、アメリカ合衆国のマークが書かれていた。  「その友人のオリバーが、お前の今の現状を全て教えてくれたよ。君が不慮の”事故”で妊娠してしまった事も、人知れず出産していた事も。・・そして、その子が私の”孫”だと云う事も」  蓮の息が止まる。  しかし、父のヨアンはその沈黙を良しとはしない。  「・・・私が悪かった、蓮・・いや、エドゥアルド。もう離れて暮らすなんてやめよう。家族が一緒じゃないから、こんな不幸な”事故”が起こってしまうんだ。もう、タレントなんてやめて全てを捨てて、もう一度三人でアメリカでやり直そう。柚子だって、私達が一緒に暮らせばきっと良くなるに違いない」  父の一方的に決めたとんでもない決断に、流石に蓮も必死に反論する。  「ちょっと待って、パパ! 僕にだって予定があるんだ。それに、娘の向日葵は? 僕の通ってる学校は? 今から始まる仕事は?! ・・そんな簡単に「止めます」なんて事は、まかり通らないんだ。大人なんだから解るでしょう、パパ」  「だめだ、少なくとも今度の映画は絶対に許さない」  父の柔和な表情が一変した。  こんな鬼気迫る顔には、蓮は一度も遭遇した事は無い。  それでも、蓮は尚も食い下がった。  「何で? 何で今回の映画がダメなの? 今まで僕の芸能活動に興味すら持って来なかったくせに!」  「エドゥアルド、幾ら何でもそれは酷い言い草だ。私は何時でも、君の一番のファンだったよ。だからこそ、今回の仕事だけは絶対に駄目だ」  「どうして!」  「う・・うう・・あああ~ん」  激しい言い争いに、とうとう向日葵が泣き出してしまった。  「ああ・・・ゴメン。君を泣かせるつもりは無かったんだ、向日葵」  ヨアンは向日葵を抱き上げ、立ち上がると、あやしながら向日葵を泣き止ませようと部屋を歩いて回った。  「よしよし、怖くない」  向日葵が泣き止むと、ヨアンは蓮の腕に向日葵をそっと返した。  「・・・可愛いなあ、君の子だと思うと、尚更可愛い」  「・・・・・・・」  蓮は何も答えない。  「いずれにせよ、私は絶対に許さない。今回だけは徹底的に戦うつもりだ。あの男、来栖 来人という、君を妊娠させた強姦魔と」  「・・・どうして・・・・」  蓮が、驚いて父の顔を見上げた。  「全て調べて貰ったと言っただろう。だから全てを知っている、全てをね。・・・今回の映画は、その男が主演なんだろう?だったら尚更君を、そんな危ない男に近づける訳にはいかない」  ヨアンはしゃがみ込み、蓮の頬を優しく撫でた。  「・・もういいだろう? エドゥアルド。後の事は私が全て引き受ける。この可愛い、君の娘の事もね。だから・・・」  蓮は俯きながら、首を大きく横に振った。  「・・イヤだ。またあの大きな屋敷に一人ぼっちで、ママのご機嫌を伺いながら、じっとパパの帰りを待つだけの生活なんて嫌だ!!!」  咄嗟に立ち上がり、そう声を荒げる蓮の瞳には・・大粒の涙が溢れていた。  「僕はこの日本の芸能界で、僕なりに必死に居場所を作って来たんだ!なのに・・・それを捨てろだなんて、信じられないよパパ!」  「エドゥアルド・・聞いてくれ」  「嫌だ! ・・・ッ、パパもママもアルファ、そんな貴方達から生まれた、劣等種のオメガの僕の気持ちが解る? 周りからも、産んでくれたママからでさえ疎まれ、蔑まれる僕の気持ちが解るっていうの?」  「・・・・・・・・」  「ずっと、僕たちの事なんかほったらかしで、興味すら無かったくせに! ・・・パパなんか、大嫌いだッ!!!」  ぼろぼろと涙をこぼしながら、生まれて初めて父に思いの丈をぶつけ、蓮は向日葵を抱き締めながら、その場に崩れ落ちた。  「もうその辺にしておけ、あんまり自分の親を悪く言うもんじゃない」  背後から親葉がのっそりと顔を出した。  そして蓮の腕から、半べそをかく向日葵を引っこ抜き、抱いてあやし始めた。  蓮は急に立ち上がると、泣きながら外へ駆けて行ってしまった。  「エドゥアルド!」  ヨアンは蓮を追おうとしたのだが、それは親葉に止められてしまった。  「泣かせてやって下さい。叔父さんの気持ちもわかりますが、今は一人にさせてやった方が良いと思います」  「・・・・そうか。・・・そうだな」  そう呟くと、ヨアンは力無くその場に座り込んだ。  「アイツ・・・子育ても勉強も、本当に良くやってますよ。向日葵の世話で毎日碌に寝ても居ないのに、成績は必ずトップです。この民宿の手伝いも、率先してやってくれてますし。今回の映画の話も、休養前に懇意にしていた監督直々のオファーだったらしいですよ」  「・・・そうか」  暫くは、目に見える程落ち込んでいたヨアンだったが、急に顔を上げると親葉にこう尋ねた。  「私の事、どう思う? ・・・・そんなに、妻子をほったらかしていた様に、やはり見えるかい?」  返答に窮する質問に、親葉は何度も頭をぼりぼり掻き、何とか精一杯笑顔を作る。  ・・・引き攣っていたが。  「・・・答えにくい質問は止めて下さいよ。忖度すれば嘘くさいし、真面目に答えて叔父さんとの仲に亀裂が入るのは避けたいし」  その一言に、ヨアンがからからと笑った。  「何だ、もう答えは出てるじゃないか。・・・そうか、そんなに私は駄目な父親だったか」  「否定も肯定もしませんよ、俺は」  「何だ・・・ハワードの方が余程父親らしいことをしてたんだな」  「ウチの親父っすか? ハハッ・・そうでも無かったですけどね」  「いいや、君を見ればわかる。いい子に育っているからな」  「いい子って・・・もう俺、アラサーですよ」  「アラサー?」  「around 30・・・もうすぐ三十になるおっさんの事を、この国ではそう言うそうですよ。俺なんか、毎日ガキどもに”アラサーちゃん”とか言われてますからね」  「ふふ・・テューディ博士が「君の様な使える人間が抜けると穴が大きすぎて困る」と愚痴っていた。それを絶対に「君に伝えてくれ!!!」・・だそうだ」  「ハハハ・・・あそこはハーバード出身の秀才ばっかで、俺の様な地方の大学出身の奴には肩身が狭すぎるんですよ。それに比べて、今はガキ相手にのびのびやらして貰ってますからね。気楽なもんですよ」  「君のポストはそのままだそうだ。・・なまじ頭が良すぎると、逆に面倒くさくて扱い辛いんだそうだ。その点君は最高の人材だったと、博士がベタ褒めしていたぞ。・・・もう戻る気はないのか、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)には」  「・・・命令ですか?それとも・・・」  「・・・・ただの、”叔父”としての老婆心だ。いつも柊子と親葉には、柚子と蓮共々・・おっと、新しい家族がいたな。向日葵も、世話になっている。君にまで妻と息子の事では色々迷惑をかけている。本当にすまない・・ハハッ、これでは本当に出来の悪い親父になってしまうな」  「・・・高校教諭だったウチの親父も、「子供と対峙するのは何時でも難しい」とよく言ってましたよ。子供は大人の嘘をすぐに見抜いてしまう、だからその一瞬一瞬が真剣勝負なんだと」  「私は祖国を守る事が、ひいては家族を守る事になると信じて疑わなかった。だから一心不乱に仕事をし、世界中を飛び回って来たんだが・・・。どうやらそうでは無かったようだね。柚子は私を見限って帰国してしまうし、エドゥアルドは何時の間にか一人前の大人になってしまっていた」  「柚子さんが未だに籍を抜いて無いのは、「貴方に迎えに来て欲しいから、ずっと待っているんだ」と、母は俺にそう言ってました」  「・・・・そうか、じゃあ明日、迎えに行くとしようか」  「それをお勧めします」  「これ以上、柚子にもエドゥアルドにも嫌われたくは無いからな」  「仕事は、大丈夫なんですか」  「実は、ペンタゴン(国防総省)にデスクが一つ、空きが出来てね。どうだと誘われているんだよ。あそこなら、最近まで出向していたCIA(アメリカ中央情報局)程忙しくは無いだろう」  「あまり期待しない方がいいですよ。何てったって、何処も「使える人間は少ない」ですから」  「ハッハハハ! 確かにな。そうそう簡単に”イーサン・ハント”や”ジェイソン・ボーン”は居ないからな」  「居たら居たで、トラブルメーカーかも知れませんがね」  「言えてるな」  二人の笑い声に、親葉の腕の中で眠りかけていた向日葵が泣き出した。  其処に、漸く今日の仕事を終えた柊子が合流した。  「あらあら・・・男同士で楽しそうね。私も混ぜて下さる?」  「勿論」  「あら・・・蓮は?」  「お恥ずかしながら、さっき喧嘩してしまって。出て行ってしまいました」  「どうせいつもの場所でしょう。後で迎えに行けばいいわ。親葉、頼むわね」  「へいへーい」  
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