星に願いを。

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<7>  昨日のマネジャー役の二人、あれは変装した来人と蓮だった。  昨夜、執拗に追い回してくる記者二人をはめる為、藍川は来人と蓮と三人で策を練ってそれを実行した。  先ずは証拠集めの為、藍川の車に複数のカメラと音声用のレコーダーを仕込み、彼等の無法を逐一録画並びに録音していた。  その後、コンビニに事情を話し、裏口から蓮と来人はタクシーに乗り換えてその場を離れていた。  その後藍川は彼等に更なる失態をさせようと、わざと車を降りて彼等が車内で自由にできる時間を作ったのだ。  結果、彼等はまんまと策にハマり、十分すぎる程の失態とその証拠を提示してくれた。  それを藍川の指示で、わずか数時間で弁護士が書類に纏めて彼等の契約する出版社に送付した。  その書類を作成したのは、先日の失言続きで藍川から契約を切られかかっていた”件の”弁護士だった。  彼にすればタイムリーに訪れた信頼回復のチャンスだった為、死に物狂いで書類を作成した筈だ。  彼の必死さは、その早すぎる仕事時間に現れていた。    その後、タクシーで柊子の民宿まで戻った来人と蓮は、  「・・僕が、まず行って来ます」  外に来人を待たせてまずは連だけが民宿に向かった。  のだが。  民宿の裏の玄関は、蓮が開けるより早くがらりと開いた。  そして中から出て来た蓮の父ヨアンが、蓮に一瞥もくれる事無く来人につかつか歩いて行った。  余りの事に一瞬面食らっていた蓮が、我に返ってヨアンに縋り付いた。  「止めてパパ! 彼は悪くないんだ!! 自分を制御できなかった、僕が悪いんだッ!!!・・だから、」  必死にそう叫ぶ息子の腕を、ヨアンは静かに握りしめた。  その身体中からは、蓮が感じた事の無い怒気がにじみ出ていた。  「そういう問題ではないんだ、エドゥアルド。男として、・・一人の父親としての問題なのだ」  その腕の力は、恐ろしく強い物だった。  「・・・・パパ・・」  そのまま腕を引き離された蓮は、その場にへたり込んでしまった。  来人の手前で立ち止まったヨアンは、静かに来人に問う。  「・・君が、私の息子に手を付けた卑怯者か? ・・来栖 来人、だったか」  来人はヨアンに深々頭を下げた。  「はい、謝罪並びに挨拶が遅れた事、誠に申し訳ありません。その件は本当に・・本当に申し訳ありませんでした。あれが、あの一件が・・こんなちゃちな謝罪で済まない事も重々承知の上です。今は、殴るなり蹴るなりで気持ちが幾分晴れるというのなら、どうぞお好きになさって下さい」  「叔父さ~ん、彼、明日から役者ですから~。くれぐれも顔は・・・」  「ああ、わかっているさ」  親葉の言葉を遮り、ヨアンはそう告げ・・・。  「ならば」  受け身を取る間もない程の素早さで、来人の鳩尾をしたたかに一発、殴りつけた。  激しい打撃音などしない、静かな一撃。  しかし、その一撃は軍事教練を受けた者の放った一撃なのだ。  いくら加減されているからとて、鳩尾に受け身も取らずに喰らったのだから、来人は堪らない筈だ。  「ぐ・・・っ・・・・」  やはり、その一撃を何の構えもせずにもろに喰らった来人は、小さな呻き声を上げ、そのままその場で膝をついてしまった。  「来人さん、来人さんっ!」  来人が膝をついた瞬間、蓮は来人の許に素早く駆けて行き、庇う様に蹲る来人を抱き締めた。  「もう止めて、パパ! 来人さんが死んじゃう! お願い!!」  必死に父を制止しようとする蓮を、蹲る来人が掠れた声で制する。  「・・・良いんだ、されて当然のことを、お前に・したんだ・・か・ら・・・」  しかし・・そのまま来人はその場に倒れ込んで失神してしまった。  「来人さん、来人さんっ!」  蓮の悲痛な叫び声が、周囲にこだました。    結局その晩、柊子の部屋で向日葵を預かってもらい、蓮は自室であのまま目を覚まさない来人の具合を見つつ、父と三人で一晩を過ごしていた。  蓮は布団に横たわる父に背を向け、布団の上で時折小さく唸る来人の顔をじっと覗き込みながら膝を崩して座っていた。  「・・ぐっ・・・う・・・・」  呻き声を上げる来人に、ヨアンは小さく  「あんな軽い一撃でそれ程苦しむなんて。見た目によらず随分と弱い男だな」  その時精一杯の嫌味を呟いた。  蓮は振り返る事無く、  「特殊部隊も経験した事のある軍人のパパと、一緒にしないで」  そう釘を刺した。  その声は・・怒りと悲しみに震えていた。  そのまま、長い沈黙が続いた。  ・・三十分程は経過しただろうか。  ヨアンが再び蓮に語りかける。  「・・・未だ、起きてるのか」  その問いかけに、蓮は小さく頷いた。  ヨアンは少し躊躇った後、  「好きなのか、その男が」  蓮に尋ねた。  蓮は、振り返る事無くこくんと首を縦に振った。  「パパと、ママが・・僕に何の興味も関心も示してはくれなかった、あの幼少期。何の力も無い僕には毎日がずっと灰色(グレー)だった。5歳でママに連れられてきたこの日本でも、僕は異端の存在だった。・・あれから何年もかけて、小さな芸能事務所から必死に這い上がって、僕はようやく今の場所を得る事が出来た。・・僕にとって、そこで出会った来人さんは、まさに憧れの”綺羅星(スター)”だったんだ。あんな事の”結果”ではあるけれど・・・僕にとって向日葵は、来人さんと愛し合えた大切な”証”なんだ。・・来人さんは、僕がようやく手にできた僕の一番大切な恋人であり、理解者であり、居場所なんだ・・・」  そう小さな声で語る蓮は、何時しか泣いていた。  「だから、僕からこの人を奪わないで。僕から、仕事を奪わないで。僕には・・・ここしか居場所は無いんだから。僕には、来人さんしかいないから・・・・・」  必死にそう語りながら、静かに声を殺して泣く蓮を、布団から身体を起こした来人が抱きしめた。  「泣くな蓮、泣くな・・・・」  「・・・ううっ・・・・」  ヨアンは布団から身体を起こすと、何も言わずにそのまま出て行ってしまった。    その後ヨアンは、奥の離れのドアを叩いていた。  「おい、親葉。まだ起きてるんだろう?私を泊めてくれ」  その問いかけに、親葉はドアを開けつつへらっと笑った。  「・・だ~か~ら~言ったじゃないですか。若いカップルの部屋なんて、気まずいだけだって」  「まさか、エドゥアルドの執着があれ程までとは思わなかった」  やや口をとがらせ気味にそう語る叔父を、親葉はからから笑いながら家に招き入れた。  「どうせ、「いざとなったら親子の絆が勝つ」・・・なんて、甘ぁ~い幻想抱いてたんでしょ?」  「・・・・・・・」  どうやらそれは図星だったらしく、ヨアンはふいと顔を背けてしまった。  「蓮はアイツが好きすぎて、堕胎する事が出来ずに子供まで産んでるんですから。どうやったって、勝てっこありませんよ」  親葉はそう語りつつ、ヨアンにキンキンに冷えた350ml缶のビールを差し出した。  「この国のビールはいかがですか? なかなかいけますよ」  「・・・くれ。今日は飲みたい気分だ」  ヨアンは缶ビールを受け取ると、プルタブを開けて一気に喉にビールを流し込んだ。  「ああ、美味い!」  「この一仕事あとのビールが最高なんすよ」  「・・・柊子は「親葉がぐうたらで碌に仕事もしない」と、私にまで愚痴を漏らしてたが?」  「ぐっ・・・あのババア」  言葉に詰まる親葉に、今度はヨアンが笑う。  「毎日毎日、CDCの頃と違って一日中アダルトムービーと雑誌を読んで暮らしてるそうじゃないか。・・どうだ、いい娘は居たか?」  「ええ、気の強いアメリカ娘とはまた違った、少々ロリータ気味のカワイイ娘がわんさか! あの日本人特有の少女っぽい顔に、ムッチムチのバストにプルプルのヒップ! 叔父さんもどうです、一緒に見ません?」  「・・・それは興味深い。今なら妻の監視も無いしな」  「でしょぉ~? 見ましょう、ね? 憂さ晴らしに!」  「よし、頼む」  ・・・・男共のそのアダルト鑑賞会は、結局翌朝まで続いたのだった。    翌朝柊子が腕の中を確認すると、一緒に寝ていた筈の向日葵が居なくなっていた。  「やだ、向日葵ちゃん!何処に行ったかしら」  一瞬慌てた柊子がはたと我に返り、隣の蓮の部屋をそっと覗くと・・・。  抱き合う様に寄り添って寝る蓮と来人の腕の中で、向日葵はすやすやと眠っていた。  「・・・やっぱりパパとママの所がいいのね、フフッ」  柊子は微笑むと、そのまま障子を閉めて自室へ戻ってしまった。    その後、朝食をとらずに来人は一旦旅館に戻って行った。  蓮も早々に支度を済ませ、後は大熊たちのお迎えを待つばかりになっていた。  柊子は、朝日の昇る前に出て行った来人を見送り、戻って来た蓮に一言だけ  「悪くないって、私は思うわ」  と耳打ちした。  その時の蓮の耳は、真っ赤に染まっていた。   星に願いを。 了
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