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星に願いを。
<1>
昔、父が言っていた。
「何か辛い事が有った時は、星を探しに出てごらん」
僕がまだ幼い時、母は重度のホームシックで毎日泣いて暮らしていた。
父と出会い、結婚し、ニューヨーク郊外の大きな一軒家で母は僕を産み、多忙な父の帰りを毎日待ちわびながら暮らしていた。
父はイギリス1/2、スペインと日本がそれぞれ1/4。
金髪碧眼、見た目は完全に白人だ。
だが、母は純粋な日本人。
その住宅地で、基本白人でない人間は殆ど居なかった。
いても精々、アフリカ系かヒスパニック系の住み込みのお手伝いか、お抱え運転手位。
アメリカは今でこそ自由と平等を掲げてはいるが、だからと云って過去の人種差別が完全に撤廃された訳では無い。
未だ人種差別が根強い地域や、白人至上主義を掲げる人々が多く住む地域などは、今でもしっかり存在している。
しかし、その時住んでいたその地域が、特に突出して白人至上主義を掲げていたという訳では無い。
ただ、上流階級や裕福な家庭は大抵白人家庭だという事なのだろう。
ただでさえ白人比率の高いその高級住宅地の中で、白人でない母はどうしても浮いてしまっていた。
その後、思いがけずかオメガの子供を産んでしまった母に、周囲は更に冷たくなった。
毎日日を跨がないと帰っては来ない父を、じっと家の中で待ちわびる日々。
プライドの高い母は、後ろ指をさされるのが嫌で、僕を産んでからは特に外出を嫌がった。
その母の代わりに、我が家の家事をこなしていたお手伝いさんがいた。
しかし、その雇っていたヒスパニックのお手伝いですら、黄色人種の母とオメガの僕に冷たかったのを覚えている。
母は次第に周囲を遠ざけ、お手伝いの女性を解雇し、家に閉じ籠り、遂には幼かった僕をも遠ざけた。
そんな中で、唯一の僕の理解者は父だった。
深夜に帰宅した父は、必ず僕の為に食材を買ってきて、少ない時間で料理や家事を色々教えてくれた。
母がヒステリーを起こしてどうしようもない時には、僕を近所の見晴らしの良い公園まで連れだして、夜空の星を指さしながら、
「ママはパパが忙しくて一緒に居てあげられないから、その所為で疲れてしまってるんだ。だから、どうしようもなくてああやってストレスを発散してるんだ。暫くすれば、元の優しいママに戻る。だから、それまで僕らは星を探しに行こう。星を見つけて、「早くママが元気になりますように」って、お願いをするのさ」
父はいつもそう言って笑ってくれた。
だが結局、一人ぼっちの辛さに耐えられず、母は僕を連れて日本に帰国した。
父は離れ離れになる前に、僕に
「何か辛い事が有った時には、私が教えた通りにしてごらん。良く晴れた夜に、星を探しに出るのさ。きっと、星がエドゥアルドの願いを叶えてくれる」
そう言って微笑んだ。
遠距離で離ればなれになってしまったが、父は年に数回僕達に会いにわざわざ休暇を取って、多忙な中訪れてくれる。
その時、必ず僕に
「エドゥアルド、星は見つけられたかい?」
そう、尋ねてくれた。
僕の答えはいつも決まっていた。
「ううん、未だだよパパ」
僕は、漸く星を見つけた。
でもその星は・・・未だ生まれたばかりの煌めく超新星で、僕なんかが迂闊に手を出して良い相手では無かった。
(僕たちがこうなったのも、あの人に手を伸ばした身の程知らずの僕への、罰なのかもしれない・・・)
結果、僕たちは番にもなれずに今もこうして別々に生きている・・・。
(あの人にあの時、僕はうなじを咬まれた筈なのに)
大好きなあの人は・・・未だ、夜空の星の様にはるか遠い場所で、燦燦と瞬いている。
(あんな遠い場所に、僕の手は届かないよ・・・パパ)
結局蓮は、学校を映画の撮影の間だけ休学する事になった。
前日、PTAの会長と校長以下数名で、蓮の対応について協議した結果だった。
「・・すまないね、君だけの為に他の生徒達を巻き込ませる訳にはいかないんでね」
「いいえ、当然の事です。僕が此処に馴染みすぎて、少し思い違いをしていた様です。お手を煩わせて申し訳ありませんでした」
蓮は居並ぶ大人たちに、深々頭を下げた。
其処には校長のほか、教頭、PTA会長、自治会会長、役場の職員などが集まっていた。
そして、蓮の所属するスターリング事務所の社長の大熊と顧問弁護士の南もいた。
大熊は蓮に真っ先に謝罪した。
「すまない、急に持ち上がった話だったんで、お前さんに伝えるのが遅れてしまった」
「後の手続きや話し合いは僕らがしておくから。葛城監督には、玄関で挨拶は済んでたみたいだけど、他のスタッフは未だだよね?今日はこのまま学校はお休みして、スタッフと共演者達に一通り挨拶して来なさい」
「でも・・」
少しだけ渋る蓮に、南が微笑んだ。
「ああ、挨拶用の菓子なら僕が大量に駅で”うなぎパイ”買っておいたから。後で僕らが皆に届けておくよ」
蓮はそれ以上は語らず、南と大熊に頭を下げた。
「分かりました、そうさせて頂きます」
校長室を退室する前に、自治会長が蓮に声を掛けようとした。
「・・・あ、あの・・」
それを南が制止する前に、蓮は自治会長の前に進み出た。
「僕に何かお話がおありですか?」
「ああ!・・すまない、皆から頼まれてね。その・・サインを頂けないだろうか?」
自治会長は半ば興奮しながら、食い気味に、でも僅かに遠慮気味に蓮にそう伝えて来た。
「ああそれなら私も!」
PTA会長が”サイン”の一言に反応して、思い切り身を乗り出した。
「君と主演の子達と、寄せ書き的にサインは貰えないだろうか?ウチの娘が、[ARRIVAL]の大ファンでね~」
「いいなあ~、私もそれは欲しいなぁ~。できれば写真付きで」
「ああ、それはずるいですよ!」
「私にも、お願いします!」
蓮は、賑やかに自分を囲むオジサン達にも、煌めくような笑顔で微笑んだ。
「ええ、喜んで。共演者の方のサインは、先方の事務所にお伺いを立てないと分かりませんが、僕のサインで宜しければ、幾らでもお書きします。・・宜しいですか、社長?」
蓮がちらと視線を送ると、大熊は慌てて二つ返事で頷いた。
「勿論だ、幾らでも書いて差し上げなさい」
俄かに嬌声が上がる。
「撮影中、皆様にはご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうぞ宜しくお願いいたします」
そう伝えながら、蓮はもう一度深々頭を下げた。
その後、蓮と共に大熊と南も一旦校長室を退室した。
校長室を退室すると、大熊は蓮に向かって必死に頭を下げた。
「いろいろすまない!・・もう、何処から謝罪すればいいのか解らない位、お前さんにすまない事をした。・・俺も言いたい事は色々有るんだが・・・。所詮は言い訳だ。本当~に、申し訳なかった!」
平身低頭の社長に、蓮はからから明るく笑った。
「もういいですよ、済んだ話ですから。・・それより、挨拶回りは良いんですが、僕のマネジャー、どなたがなさるんでしょうか?」
その一言に、南と大熊が困った顔で互いの顔を見合わせた。
「やれやれ・・・・・」
大熊は大きな溜息を一つ吐くと、頭をぼりぼり掻いた。
「すまない、俺が直接する事になりそうだ。・・イヤか?」
「いいえ!それより社長、社長業の方がおろそかになってしまいますが、そちらは大丈夫なんですか?」
慌てて切り替えして来た蓮の言葉に、二人がもう一度苦笑いと共に顔を見合わせた。
「それがねぇ・・・」
「うん・・・」
「え?僕何かいけないこと聞きましたか?」
「いやいや・・・そうじゃないんだ。実は・・」
「この人、君の事が相当ショックだったらしくてね・・。あの”事件”以来、芸能事務所の方は一旦「休業」してたんだよ」
「ですが、所属タレントの皆さんは・・・」
「ああ、俺の兄貴分の社長の事務所で預かってもらってる。ウチは小さい事務所だから、そう云う所は気楽で助かるよ。ま、そうはいっても、キッズタレントの養成だけはちゃんとしてたんだけどな」
「ふふ・・全部放り投げてしまったら、君の帰る場所がなくなるからと云ってね」
「・・・そうだったんですか、皆さんにご迷惑をおかけして本当にすみませんでした」
項垂れる蓮に、大熊が慌ててフォローを入れる。
「違う違う、お前さんが悪い訳じゃないんだ。・・・まあ、この先は込み入った話になるから、車でロケ地まで移動しながら話そう」
その言葉に、蓮は大事な者の存在を思い出した様だ。
「ああ!でしたら娘も連れて行かないと。すぐ終わる話だと思って、クラスメイトに預けて来てしまいましたから」
「そうか、じゃあ俺達は車を回してくるから。ここで待っていてくれ」
「明日からもうロケに入るから。皆には暫く会えないから、ちゃんとお別れして来なさい」
「はい」
大熊と南の言葉を受けて、蓮は頷き、駆け足でその場を離れた。
その背を見つめながら、大熊がポツリと
「・・俺達の事、言っといた方がいいだろうな」
そう呟き、南の肩を軽く抱いた。
南は眼鏡をくいと持ち上げ、小さく
「・・そうですね」
と相槌を打った。
ただ・・その顔は見事に真っ赤に染まっていた。
蓮が教室に戻ると、現国の授業中だった。
だが、授業を中断させた蓮を皆が温かく迎え入れた。
「向日葵をありがとう。迷惑かけなかった?」
「ううん、ひまりんとってもお利口だったし」
蓮が向日葵を抱いた女子生徒に礼を言い、娘を預かると周囲から質問が飛んだ。
「おかえり。校長と、何話したの?」
「ああ・・映画の撮影の事をちょっと」
「レンレンおっかえり~、話し終わった?」
「うん、皆向日葵の事見てくれて、有難う」
「気にすんな、友達だろ」
「おめえは面倒みてねえだろ」
「じゃあ、席に着け蓮。お前らも!」
担任の大桃が、丸めた教科書で机をバンバン叩き、皆を席に着くよう促した。
「あの・・・それなんですが先生。僕、今日から休学になりまして・・」
その蓮の一言に、教室中からブーイングが起こった。
「えーーーっ!」
「ウチのクラスのマドンナが・・・」
「お前・・・言葉のチョイスがレトロ過ぎんだろ」
「レンレンとひまりんに逢えなくなるの、淋しいよ~!」
「うん、僕も淋しいよ。みんな、有難う」
蓮ははにかみながら、頭を下げた。
校門の辺りから、クラクションが鳴った。
大熊からの合図だろう。
「ゴメン、もう行かなくちゃ。スタッフさんにご挨拶に行かなくちゃいけないんだ」
「うわ~、芸能人ぽい」
「山奥までチャリ漕いで、必ず見に行くからな~」
「俺も~」
「私も!」
「行く行く~!!」
「うん、待ってるね」
蓮が脇から鞄を取ろうとすると、桐生がすかさず蓮に鞄を差し出した。
「・・・俺も見に行くからな」
桐生は、相変わらずの無表情を装っていたが、耳が微かに赤く染まっていた。
そんな桐生のはにかんだ顔に、蓮はクスリと笑いながら鞄を受け取った。
「うん、待ってるから」
「あぶうぅ~」
ずっと蓮にしがみついていた向日葵が、桐生に手を振った。
「何か二人、青春ぽい」
「甘酸っぱい匂いがしそう・・・」
「あ、もしかして付き合っちゃってるとか」
「ちげえし」
桐生が茶化した連中をひと睨みした。
心なしか、耳の赤みが増した気もするが・・。
「ゴメン、じゃあまたね」
蓮は皆に頭を軽く下げ、軽く手を振ると教室を後にした。
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