第1章:貨幣特別法

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泰雄がタクシーの車外を見渡すと 24時間営業のドラッグストアに 行列が出来ていた。 法律適用を待ってから無料で商品を 貰おうとする人達が街中に(あふ)れかえっている。 家族連れやカップルの姿も目立ち 30年間仕事一筋で独り身の泰雄には (うらや)ましくも思えた。 商品をお客に渡すかどうかや 営業/休業を含めて各業種の判断に任す というのが政府の言い分である。 1年間お金が無くても社会システムに 支障出ない事を確認した上で来年以降の 本格的な貨幣廃止に取り組むらしい。 昨年の世界的な感染病流行も相まって 終息した後も経済はこれまで体験した事が 無い程の不況に陥っている。 家計に苦しむ国民を救う為 だとは言え不安だらけの法律だ。 社会混乱を招く愚かな法律だと 海外メディアからも散々に叩かれた。 (金が貰えないんじゃ働く意味が無いだろ…) 泰雄はそう思いながらタクシーをUターンさせ 人通りの多い駅前の繁華街から市街地へ 向かおうとした。 通常タクシー運転手の給料は歩合制であり 売上の6割が自分の取り分になるのだが 法律が適用されれば運賃が無料になり 当然の(ごと)く深夜割手当ても無くなる。 残りの勤務時間は流し運転で客は乗せない と心に決めて駅前通りの交差点を 左折しようとした時であった。 近くの雑居ビルから出てきた若い男が 泰雄の運転するタクシーに向けて 手を挙げるのが見えた。
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