case1

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 築40年以上経った古びた公民館の図書室で、三上先生はいつものように大量の予約図書を受け取っていた。  1冊1冊、丁寧に本のタイトルと装丁を確認しながら、表紙面積の大きい順に、頑丈そうなヌメ革のトートバッグの底に平らに積んでいく。  顎の細い整った顔に真剣な表情を浮かべ、女性みたいな美しい手で、不器用にゆっくりと確実に本をカバンに入れている。  ウチの公民館では滅多にないことだけど、カウンターが混んでいる時も、三上先生はマイペースなので、図書アルバイトの幸田さんは時々グチっている。  今日も図書を詰め終えた三上先生を、自動ドアの所まで見送って、図書室に戻ると俺は幸田さんに捕まった。 「三上先生は礼儀正しいし、私みたいなオバアちゃんにも親切やけど、なんか空気読みはれへん人やわぁ。西野君、そう思わん?」  俺は、三上先生の中性的な顔に浮かぶ、ぎこちない笑顔を思い出して、苦笑いをした。 「めちゃくちゃ、図書館の本を大事にする方なんですよ。借りもんやから、物凄い気ぃ使いはるみたいです。」  幸田さんは鼻に掛けた老眼鏡越しに、ちょっと不満そうな諦め顔で俺を見た。 「西野君は、三上先生のこと絶対に悪く言えへんからなぁ。」  そんなことはないはず…と自分の記憶をたどった。俺が何も言わないのを肯定とおもったのか、幸田さんは続けた。 「いくらべっぴんさんでも、男性なんやから、お尻追っかけまわすんも、いいかげんにせんと。ただでさえ、こんなトコにいてて、出会いないんやから。西野君、背高いし、男前と言えんこともないんやから、勿体ないで。あ、セクハラやね。ゴメン、ゴメン。」  一方的に言うだけ言うと、俺に興味を失ったように、カウンターの後ろに積まれている図書の返却作業を再開した。
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