最終話 ザ・ネタバレマン

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最終話 ザ・ネタバレマン

「昨日までは何も問題なかったんだけどな。今朝起きたらこんな状態で、俺は察したよ。神様がくれた残り時間のリミットが迫ってるんだ、ってね」  哀れむような目で男が自分の腕を見つめる。 「もう少し生きられるかと思ったけど、さすがに贅沢な願いだった。……もう俺はいつ消えてもおかしくない。そのことに気付いたら、どうしても君に謝りたくなったんだ。悪意は無かったとはいえ、楽しみを奪ってしまったのには変わりないから」 「……だから、ここに来たのか」 「ああ。色々と振り回してしまって本当にすまなかった。……それと、最後にもう一つだけ謝っておきたいことが――」  そう言って男が再び俺と目を合わせたその刹那。  本当に、一度( )(まばた)きをしただけのその僅かな間に。  ――男の姿が、消えた。 「えっ……」  無意識に声が零れる。  確かにそこに居たはずのネタバレマン。  その存在は、床に放り捨てられたままのビデオカメラの被り物だけを残して、跡形もなく消え去っていた。  ◇  それからしばらくは、モヤモヤの晴れない日々が続いた。 『――最後にもう一つだけ謝っておきたいことが――』   未来の俺が言い残したことは何だったのだろう。  俺はネタバレマンの正体も目的も知って、全てを受け止めた。他に謝るべきことなどないように思えたが、彼は一体何を伝えようとしたんだ。  家事を済ませて趣味の脚本に取り組んでいたその休日も、頭の中で彼の最後の言葉が引っ掛かって、思うように執筆が進んでいなかった。  俺はノートパソコンの画面をボーっと見つめる。うーん。今日も集中できなさそうだし、また明日にしようかな。  と思ったところで、デスク上のスマホの着信音が鳴った。  一瞬だけビデオカメラ頭が脳裏をよぎったが、スマホの画面に表示された番号は全く見覚えのないものだった。  俺は応答するか迷ったが、とりあえず出てみることにした。 「もしもし?」 「あ、恐れ入りますー! わたくしニューウェーブシネマ社の佐藤と申しますが、根田(ねた)さんの番号でお間違いないでしょうか?」 「そうですけど……」  ハリのある男性の声だった。  いや、それよりも、ニューウェーブシネマだって?   国内でもトップクラスに名の知れた映画制作会社じゃないか。そんな会社の人が俺に何の用だろう。 「お忙しいところ恐縮ですが、以前ご応募頂いた弊社の脚本コンペの件でお伝えしたいことがございまして! 今お時間を頂いても大丈夫でしょうか?」  ん? 脚本コンペ?  そういえば少し前にニューウェーブシネマが脚本コンペを開催したって情報はネットで目にしてたけど、俺は応募なんてしていない。 「脚本コンペ、ですか?」 「ええ、この度、見事根田さんの脚本がグランプリに選ばれ、その脚本を基にした映画の制作が決定しましたので、ご連絡のためにお電話を差し上げました! 本当におめでとうございます!」  グランプリだって? いやいやいや、おかしいおかしいおかしい。  応募自体していないんだから。これはきっと何かの手違いだ。そうに違いない。 「あの――」 「つきましてはメールアドレスの方に詳細なご案内をお送りしますので、ご確認の上、お手数ですがご返信をよろしくお願いします! 一緒に素晴らしい映画を完成させましょうね! では、失礼致します! あ、何か不明な点があればいつでもこの番号にご連絡くださいね! それではっ!」  聞けよ、と言う前に通話が切れた。やたらテンションの高い人だったな。  それはともかく、状況が全然飲み込めない。  俺の脚本がコンペのグランプリに選ばれたと言っていたけど、俺はそもそもコンペに応募していないのだが……。  戸惑ったまま握りしめていたスマホから、メール受信の通知音が聞こえた。  俺はすぐにそのメールを確認する。差出人はニューウェーブシネマ。さっきの人が言っていた、脚本コンペに関する内容のメールだった。  コンペ参加への礼を述べる文に続き、俺の脚本がグランプリに選出されたことと、その栄誉を(たた)える旨が記載されている。  グランプリ受賞作のタイトルは『ザ・ネタバレマン』。  俺はそのタイトルを目にして、全てを察した。  ――ああ。そういうことか。あいつ、勝手に……。    脚本の詳細を確認する。  映画好きな主人公が、突然現れたネタバレ魔に振り回されながらもその男の正体を突き止めていく話だった。 「……どこかで見た話だな」  俺はつい笑ってしまった。  未来の俺が最後に謝ろうとしたこと。  それはきっと、勝手に脚本コンペへ応募したことだったのだろう。  ……やっぱり、俺は諦め切れなかったんだな。脚本家になる夢を。  ネタバレマン(未来の俺)は俺にネタバレを喰らわせる(かたわ)らで、自分自身から着想を得て脚本を執筆していたんだ。  生涯、最後の脚本を。  怒る気にはならなかった。むしろ、あの男の脚本が認められて自分のことのように嬉しかった。いや、自分のことではあるんだけど。  とにかく突然の展開ではあるが、こうなった以上は俺も覚悟を決めなければ。  一度は夢を諦め、ネタバレが原因で人生が滅茶苦茶になり、その果てに命を投げ出した哀れな男。  そんな男が神様から与えられた最期のチャンスに生み出した物語。  俺はこの物語を引き継ぎ、完成させなければならない。  ◇  『ザ・ネタバレマン』がコンペのグランプリを受賞してから一年後。  ついに映画が完成し、公開を迎えることとなった。  公開初日、有休を取得して劇場に足を運んだ俺は、いつもの特等席でその物語を見届けた。  脚本家として作品に参加した俺は、もちろんこの映画の内容を全て知っていたのだが、それでも鑑賞後は今まで観たどの映画よりも胸が熱くなった。  映画はもちろん、ネタバレを知らない方が楽しめる。俺のそのスタンスは変わらない。  だけど、ネタバレを知っているからこその楽しみ方というのも、今は少しだけ理解できるようになった気がする。  そしてエンドロールを見つめながら、この映画の脚本を書いた男の名が現れるのを待つ。  打ち合わせの際にエンドロールでのクレジット表記を本名にするかどうか(たず)ねられたが、俺は別の名前を使うことを選択した。  監督の計らいで、その名はエンドロールの最後を飾る。  脚本    ネタバレマン  完
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