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「ヒデェ奴だな」
「仕方、ないのかも知れません」
「こんなことをするのに仕方ないなんてあるものか! 今すぐお前の家に連れていけ! お前の主人に文句の一つも言ってやらねぇと気がすまねぇ!」
「駄目なんです…… あそこに私がいる意味がなくなったのです」
「お前がそう言うなら。これからどうするんだ?」
女は農民Aの顔をまじまじと見た。いや、顔と言うよりは帽子の方に目が向いていた。
頭には帽子、シベリアの寒々とした大地で生きるには温かい毛皮の帽子が必須品である。帽子だが、材質によって頭を温める性能も違う。広く一般的に使われている帽子の材質は羊の毛。安価な代物である。
その農民Aの被る帽子はミンク製、羊の毛で作るものと違って高級品である。豪農と言う立場であるから被れる代物だった。
それを見た瞬間に女の目がキラリと輝く。
「私は、前の主人に捨てられ身寄りの無い女。是非にあなたの元に置いて下さいませ」
「い、いきなりだな」
「お願いします! この寒々とした大地に女一人着の身着のままでは生きて行けませぬ」
農民Aは豪農の家に生まれ、両親から厳しく農業のイロハを叩き込まれていた。
それ故に女性にはとんと縁のない人生を送っている。このシベリアの厳しい地であって豪農の立場ではあったが、その実、女に縁がなかったことから不毛の人生を送っていると憂いてはいた。
その不毛の人生に現れたレダのように見目麗し過ぎる程の女性。
農民Aは「ここいらで嫁はんを貰うのもいいか」と、考えてその女を自分の家で世話することにした。
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