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「日本語にしたら『黒豆』だね。それは確かにダサいわ」 「なんでもバンド名はビートルズみたいに、「B」で始まる名前がいいんだって。それで、アメリカで一番売れている漫画が『ピーナッツ』って言うらしいの」 「へぇ~、一応、理由があるんだ」 「高木君がギターで、もう一人メンバーが決まっていて梅田君っていうらしいの。その人がベースをやるらしい。高木君と同じ五組の人だって。カオリ、知ってる?」 「さあ…」  休み時間、すぐに二人で五組に偵察に向かった。五組の女子を捕まえて、梅田君とやらを教えてもらった。 廊下に面した窓から五組を覗く。教室の後ろに男子が四人固まって談笑している。 「あの人?」とカオリ。さらにカオリは「うーん」とすこし首を傾げて、ひと言。 「普通…」 ちょっとがっかりしたような声で言う。何であんたががっかりするのよ。  梅田君の見た目はごく普通だった。特徴を探すのがむずかしい。背は高くないし、低くもない。太ってもいないし、痩せてもいない。あえて言えば、少し垂れた細い目が笑福亭鶴瓶に似ていて、小判のような輪郭がビートきよしに似ているというところか。  男子四人が菓子パンやチェリオを片手に、へらへらと笑いながら何かの話題で盛り上がっている。聞こえてくるのは、昨日のとんねるずか何かのテレビ番組のことだ。男子はどうしてあんなくだらないテレビで笑えるのか。ちなみに、私はその後、十時からやっている「男女七人夏物語」が好きだ。そのドラマの登場人物で、幼い頃の家庭環境のせいで人を素直に好きになれない千秋という女性に私は心を重ねている。  しばらく様子を見ていたら、男子たちに気付かれた。四人ともチラチラとこちらを気にしている。  私はカオリのブラウスをつまんで、「帰ろう」と目で言った。カオリと私はキャハハハ…と廊下に笑い声を響かせながら、走ってクラスにもどった。笑わずにいられなかった。何がおかしいのかよくわからない。たぶん、梅田君が余りにも普通の男子だったからだ。  クラスに戻って、カオリが言う。 「でも、いいな、いいな、いいなぁ~。高木君に誘われるなんていいなぁ。私もそのバンドに入れてもらおうかな」 「カオリ、楽器できるの?」 「タンバリンとコーラスじゃダメかな?」 「じゃあ、高木君に『仲間に入れて!』って頼んでみれば?」 「やだーー、そんなこと言えないよ。ユキ、言ってよ」 「自分で言いなさいよ」  その日、カオリはいつまでも「いいな、いいな」と繰り返していた。  
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