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梅雨空の日が続いた。
ベースを初めて二か月。朝五時に起きて、ひたすら牛乳を配り、時間さえあればベースを弾く毎日。
荷台でガチャガチャと鳴り響く牛乳瓶の音にもすっかり鳴れてきたころだ。
その朝、前日までの雨は上がり、合羽を着なくてもよかったので、配達は順調に進んでいた。あと七件でその朝の仕事もおしまいというところだった。四丁目のヘビ公園の前の「金丸」という家に配達しようとしたときだった。
家の前にジイさんがいた。
真っ白なランニングシャツに、肌色のステテコ。
仁王立ちで腕を組んでいる。
臙脂の腹巻きはチャンピオンベルトのようだ。
老人にしては大柄で、おまけに肩の筋肉が隆々と盛り上がっている。背だって、百八十センチ近くあり、世の中を見下ろすオーラを出している。ほとんど禿ている頭には、ごま塩のように短髪が散らばっている。戦争映画で見た鬼軍曹がそのまま歳をとった感じだ。眉間に深い皺を寄せながら、明らかにオレを待ち構えている。
なんか悪いコトしたかな?と思いながら、「どもー、ぉはよざいま~す」と、オレはつとめて明るい声で振る舞った。
明らかに何かを言いたそうな雰囲気だ。が、配達の途中だ。ここで時間を食うのは痛い。荷台から牛乳と無糖ヨーグルトを取り出し、なるべく顔を上げずにジイさんの胸元を見ながら、「はい、どうぞっ」と差し出した。
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