3人が本棚に入れています
本棚に追加
文化祭は十一月初めだ。まだ半年以上ある。それに向けて、週に三回のペースで放課後、オレたちは視聴覚室で練習した。牛乳屋のバイトは毎朝、通学前の二時間だ。
近くで見る由紀は光の粒子を発していた。鈴が坂から転げ落ちるような朗らかな笑い声を立てて、ショートヘアーを揺らす。そのたびに危険な粒子が飛び散るのだ。それが周りにいる男子たちの上に降りかかる。満開のハイビスカスが辺り構わず魅惑の粒子を撒き散らす。他の女子なんか、月見草か、いいとこタンポポくらいにしか見えない。ハイビスカスから発せられる粒子を浴びると危険だ。通常なら三日はうなされる。免疫のないヤツなら五日はあぶない。その間、ポカーンとして何も手がつかなくなるのだ。オレはバンドの練習で毎日、その粒子を浴びなくてはならなかった。いや、浴びさせてもらっていた。オレも免疫がないほうなので、粒子のお陰で、やわらかな心は日々、ギュウギュウと締め付けられていた。病にかかったように顔がほてり、舞い上がる毎日。絵のことも頭から離れていく。男子の心を狂わせるのにこれほど強力な攻撃はない。
初めは喉奥に真綿が詰まったようになって、由紀の前ではちゃんとしゃべれなかった。心臓がバックンバックンで由紀の言っていることも頭に入らなかったのだ。だんだんと会話が成り立つようになるまで二週間はかかった。緊張やら照れ臭さやら色んなものと闘った。やればできるじゃんと自分を褒めてやりたかった。
まさにハワイの真っきらきらした砂浜に咲く真っ赤なハイビスカス。夏の輝く太陽をいっぱいに浴びる満開の花。爽やかな笑顔がまぶしすぎて、直視できない。危険だ。そしてオレのちょっとしたジョークにも鈴の音の心地よい笑い声を転がしてくれる。その度にサラサラのショートカットが清清しい夏の風に吹かれたように揺れる。たまらない…。邪念のない笑顔が目に飛び込む度にオレの心は、バーテンの振るシェイカーのように激しく乱される。
タカギと知り合いでよかったとつくづく思う。
同じバンドのメンバーになって、由紀のいろんなことを知った。
母子家庭で、一人っ子。母親はクリーニング屋で働いていて、家族はおばあさんを入れて女だけの三人。毎晩、夕飯を作っているのはおばあさんで、合唱部の練習がない日は由紀も手伝っている。好きな食べ物はナポリタン。好きなバンドはPrincess PrincessとALFEEで、将来就きたい仕事は栄養士。とりあえずオレはすぐに音楽雑誌を立ち読みしてプリプリとアルフィーの情報をひと通り頭に入れた。英単語はぜんぜん頭に入らないのに、こういうことになると、吸い取り紙が水を吸い取るように頭に入ってくる
最初のコメントを投稿しよう!