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「『女は家庭』ってこと自体が古い考えなんじゃないの」 カオリが玉子焼きを頬張りながら、ようやく話しに乗ってきた。整った二重瞼を見開き、ツンと通った鼻筋をこちらに向ける。 「ユキらしくないなぁ、そんな言葉を気にするなんて。ムラコシだって、ミホリンだって、これからはオンナの時代だって言ってたじゃん」  体育のムラコシも美術のミホリンも私たちの通う栄進高校の女性教諭で三十代。二人とも、鼻息を荒くして出来たばかりの男女雇用機会均等法の話をしていた。 「それって、二人とも独身じゃん。カオリもそっちの道にいくの?」 カオリとは中学時代からの親友で、言いたいことは何でも言い合える仲だ。 「私のお母さんも、カオリのお母さんも、あの人たちの歳にはもう、とっくに私たちを産んでたんだよ」  私は断然、そっちの道には行きたくない。 将来の希望と聞かれたときはとりあえず「栄養士」と答えているけど、本当になりたいのは主婦だ。夢にしては地味すぎて人前では恥ずかしくて言えないけど、私は一生添い遂げる人と結婚し、男の子と女の子を一人ずつ産んで、芝生の庭で犬を飼って暮らしたい。毎日、子どもの世話をして、旦那さんのためにおいしい料理を作るのだ。  カオリが頭をめぐらせながら言う。 「あの二人の先生は独身貴族かもしれないけど。結婚して子どもがいて仕事をしている先生だっているよ。ほら、峰岸先生とか…」  峰岸先生は五十歳代の非常勤講師で去年まで数学教えてた人だ。子どもが大きくなってから再就職した人だ。それに家庭の事情でまた去年いっぱいで仕事を辞めた。  そう反論しようと思ったが、言うと空しくなりそうなのでやめた。  カオリは全然わかってない…。  ミートボールを頬張りながら、教育テレビの健康番組で聞いた『燃え尽き症候群』という言葉思い出した。 中学時代、私は進学塾で一番上のクラスに入り続けた。入塾するだけでも試験があるのに、その中で八クラスに分けられ、一年間最上位のAクラスを維持した。受験勉強を始めてからは、十二時前に寝ることは一度もなかった。あんなに勉強したのに、安い学費で通える国立の進学校の受験に失敗した。地区内の公立のトップ校である栄進高校に入ったものの、目標を失った私は十五歳にして燃え尽きていた。 「でもユキはいいよね。勉強なんかできなくても、そんなにかわいいんだから、将来、結婚相手なんか選び放題だよ」  そういうカオリだって、整った二重瞼で男子からは人気がある。スタイルだって私より全然いい。パンツルックのときなんか、女の私でもうらやましいくらいかわいくて丸いお尻に目がいく。中学時代には何度も告白されている。 『かわいい』と褒められた私は、「そんなことないよ」と否定してみるが、確かに、私も男子から声を掛けられやすい。  それに気がついたのは中学三年のころだった。廊下で男子とすれ違うときもチラチラと見られたり、背中からヒソヒソと噂するような声が聞こえてきたりした。名前も知らない男子からのラブレターのようなものもらうことも度々だったし、「休みの日に遊びに行こう」という電話がかかってきたことも一度や二度ではない。でも、当時の私の心の中は、受験勉強一本で、完全に無視を決め込んでいた。  カオリが、「とりあえず大学入って、それから遊べばいいんだよ。だから今は勉強。私たちジュ・ケ・ン・セ・イ」 と、どこかのCMで聞いたセリフで半分ちゃかす。そんな受け売りの言葉なんかききたくない。親友ならもっと気のきいた言葉は言えないのか。 「勉強に差し障りが無いようにって、運動系の部活に入るのをやめて、練習が週に三回だけの合唱部に一緒に入ったんじゃない」とカオリ。  どうして疑問も持たずそうやって割り切れるのか。うらやましいくらいだ。 最近は家で机に向かっていても、何のために勉強しているのかという思いが頭の中を巡り、勉強の邪魔をする。いい大学に行けば出産が楽になるとか、料理が上手くなるとか、子育てが上手にできるとか、旦那さんが優しくなるとか、そういうわかりやすい説明を誰かしてもらえないものか。  あーー……、、、、だめだ。何も手につかない。やっぱり、燃え尽きてるんだ、私。
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