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フッと、温かな場所で目が覚めた。まだ寝ぼけている目で辺りを見回した亀は、誰かの腕の中だと認識して一気に目が覚めた。
目の前には煌びやかな服を脱いだ南海王がいる。深紅の夜着に、普段は結い上げている髪を下ろした彼は目を閉じている。その顔立ちは目を閉じていても美しいが、少し幼くも見えた。
辺りはまだ暗い。起き上がろうとモゾモゾしていると、背中に回っていた手が亀の襟首を掴んでもの凄い力で引き倒した。
「んご!」
「まだ寝ていなさい。明け方に帰れば十分でしょ」
「南海王様!」
南海王は薄らと目を開けてこちらを見ている。少し気怠げな感じが余計に色気をふりまいている。
「お前、人を虫けらのような目で見ていますね」
「その色気で何人食い荒らしたのかと」
「失礼な亀ですね、お前は。誰も食ってはいませんし、孕ませてもいませんよ。私にはまだ発情期はきていませんからね」
「そうですか」
「あぁ、発情期が来たら真っ先にお前に飲ませに行きますから。口に入れる物、気をつけなさい」
「どんな嫌がらせなんですか!」
これ以上そういうのは御免被る。枯れていると言われてもいいから、やっぱりこういうのは自分にはむかない。
ガタガタ言っていると、南海王はふと目元を緩めて笑う。楽しそうで優しいその顔を見ると、この人を憎みきれなくなるのだ。
「まぁ、それは後々ということで」
「流れないんですね……」
「体の方は大丈夫ですか?」
「こっちは流すんですね」
問われて体を見回し、亀は目を輝かせた。ちゃんと元に戻っている!
「ほわぁぁ、お帰り僕ぅ」
「どこに向かって言っているのですか」
「南海王様も一度つるんとしてみればいいんですよ! 凄く悲しかったんですから!」
「そうですか?」
想像してみたのだが……ダメだこの人、性別の垣根がなさそうだ。付いていようと付いてなかろうとそれはそれで楽しみそうで嫌だ。
「もう、どうしてこだわり無いんですかぁ」
「海の生き物はこんなものですよ」
「もう嫌だぁ、海洋生物共ぉ」
がっくりと肩を落とした亀を、南海王は楽しそうに笑い飛ばした。
「そういえば、最後の卵。アレってなんですか?」
大事な事を一つ思い出し南海王に聞くと、彼は寝台を降りて机へと向かう。そして、そこに大事に置かれている大きめの卵を持ってきてくれた。
「うわぁ……改めて見ると大きいですね」
「これですが、生きていますよ」
「………………え?」
それって、どういう……。
彼の言葉を正しく受け取った亀は、涙目で南海王を睨み付けた。
「最低です南海王様! あれほど有精卵はダメだって言ったのに、僕をお母さんに!」
「お待ちなさい亀、誰が貴方にぶち込みました。お前、意識あったでしょ? いつ処女喪失しました」
「してないけれど! してませんけど! でも南海王様なら何か、どうにかしてそのくらいの嫌がらせすると思います!」
「流石の私もそれほど無責任に父親になるつもりはありませんよ」
溜息をついた南海王に、ではどういう意味なんだと亀は彼を見た。
「おそらくですが、お前の神気が排出された結果ではないかと思います」
「神気……ですか?」
確かに、ないことはない。一応海神である東海王の眷属だ。これでも不老長寿ではある。
だが、これまでそんな事なかった。亀にはそんなに強い神気などないと思っていた。
「お前は長く東海王といますから、彼の神気を知らぬうちに吸収しているでしょうし、最古参です。今まで、何かしらの方法で排出したことは?」
「ありません」
「では、体に溜まっていたものが出たのでしょう。過剰な分が出ただけなので、体は平気だと思いますが」
そう言われてから卵を見ると、なんだか不思議な気分がしてくる。
「ということは、この卵からは何が産まれるのですか?」
「まだ分かりませんが、宿主に似た形を取る事が多いようです。または何かしらの力ある結晶となるか」
「そうですか……」
不思議だ、そう聞くとなんだか愛しく思えてくる。これも一応、お腹を痛めて産んだ子だ。
……浦島も、そう思ってくれるといいな。
「それで、この卵どうしますか?」
「え?」
「持って帰りますか?」
「…………え」
これを? 持って帰る?
……絶対に言い訳が通用しなさそうなのが二人いる。
「あの、それはちょっと」
「でしょうね。鯛と東海王にはバレますよ」
「ですよねぇ。絶対に弄られますよね」
「面白いですから、鯛は十中八九」
「嫌すぎる!!」
鯛も亀と同じく最古参。妙に意識される事も多い。その中でこれだ、絶対に南海王と同じ目で弄ってくる。
でも放置しておくのも忍びない。元気に産まれてきてほしい。
そんな事を思っていると、南海王が卵を大切に温かな布でくるんだ。
「では、私が預かりましょう」
「え?」
「興味があります、あまり事例のある事ではありませんので。何が孵るのか見てみたいので」
「あ、それは勿論……むしろ有り難いですけれど」
きょとっとして応じれば、南海王はしっかりと頷いて卵を籐の籠に丁寧におさめた。
「あの、起きたのでそろそろおいとまします」
「もう少し寝ていけばいいのに」
「明日は遅れるわけにはゆきませんし、竜王様の事もきにかかります」
「律儀者ですね、憎らしいくらいに」
溜息をつき、南海王は亀に例の薬を手渡す。亀はそれを懐に大事にしまって丁寧に一礼して南海王の元を離れた。
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